例えば一生チョコレートを食べ続けるためにはどうしたらいいか。

のがみさんちのはろさん

たとえば一生チョコレートを食べ続けるためにはどうしたらいいか。


 貴方を一生愛していたいの。


 ただ、それだけよ。



 ■ □ ■



「ねぇ、また付き合う?」

「……お前はいつも唐突だな」


 とある昼下がりのこと。

 突然呼び出された諒介(りょうすけ)。

 目の前にいる彼女、いや、元カノの葉月(はづき)に向かって溜め息を吐いて、少し冷めたカフェオレを一口飲んだ。

 ほんのりと甘い、生ぬるいそれが喉を通る。


「うーん……なんか、気分?」

「お前の気分に付き合わされる俺の身にもなれよ」

「それでもりょーくんは付き合ってくれるよね。毎回」

「……」


 葉月の言葉に、諒介は頬を赤らめる。

 その表情に葉月はニコッと微笑む。この余裕の笑みがたまに腹が立つのだ。


「私のこと好き?」

「それを俺に訊くのは卑怯だな」

「そう?」

「あーあ……恋愛は先に惚れた方の負けって言うもんなぁ……」


 諒介は軽く項垂れた。

 分かってた。彼女の性格はよく分かったいた。

 出逢ったときから葉月はこうだった。自分勝手。良い意味で素直。マイペース。

 でも、だから好きになった。そういうところが愛おしいと、そう思った。何度か後悔したこともあるが、それでも一緒にいて一番楽しいのは彼女なのだ。


「ねぇ」

「何?」

「飽きないの?」

「何が」

「私に」

「は?」


 彼女の突然の問いに諒介は首を傾げた。

 一体、何を言っているんだろうか。

 諒介が返答に困っていると、葉月はホットチョコレートを口にして呟くように話し出す。


「例えばだよ? 毎日毎日同じモノばっかり食べてたら飽きるじゃん」

「……そうだな」

「でしょう?」


 諒介は再び返答に困った。

 彼女は何を言っているんだろうか。

 自分に飽きないのは何故かと訊いた後の例え話。

 これに何の意味がある?

 つまり彼女は、ずっと一緒にいると飽きると言いたいのだろうか。


「何、お前は俺に飽きたから別れようって言ったの?」

「違うわよ?」


 葉月はキョトンとした顔で即答した。


「は? じゃあ何でお前、高校卒業して俺のこと振ったの」

「その一年後には寄り戻したじゃない」

「半年してまた別れたじゃんか」

「でもまた半年してから付き合いだしたよ」

「そんで一年してまた別れたよな」

「それで、また付き合おうかって」


 そう。諒介と葉月は小学生の頃からの幼なじみ。

 付き合いだしたのは高校からだが、卒業と同時に別れを告げられた。

 そして一年、または半年置きに寄りを戻そうと言われては別れようと言われ続け、今に至る。


「本当にお前は何したいの?」

「人って、どんなに好きでもいつかは飽きるものでしょう?」

「で?」

「貴方に飽きたくないと思ったのよ」

「それで」

「距離を置きたいと思ったの」

「定期的に」

「うん」


 自分に飽きたくない。そう思ってくれるのは嬉しいが、毎回別れを告げられるこっちの身にもなってほしい。諒介は心の中でそう思った。


「……そんな勝手なことして嫌われるとは思わないのかよ」

「そんときはそんとき。それで嫌われるようなら、私たちはそれまでの関係だったってことよ」

「……俺とお前、知り合って何年だっけ」

「少なくとも十年以上は経ってるね」

「だよな。今更飽きるとかないだろ」


 溜め息交じりに言う諒介に、葉月はカップの淵を指でなぞる。


「……私ってさ、小さい頃からチョコ好きじゃん」

「あ? ああ……」

「小さい頃から何かとチョコ系のお菓子とか買っちゃうのよ」

「そりゃ、知ってるけど」


 よく遠足や何やらでチョコばかり持ってきていたのを思い出す。

 それでチョコが溶けちゃったとか言って、よく泣いていた。


「うん。でもさ、たまに飽きるのよね」

「……うん」

「甘いもの食べてると、しょっぱいの食べたくなるじゃん」

「そうだな」

「恋愛もそうなんじゃないのかなって」

「そうか?」

「当たり前になっちゃうのが嫌なのよ」

「当たり前?」


 葉月は頷く。

 カップを口元に持ってきて、ちょっとずつホットチョコを飲みながら話を続ける。

 

「ドキドキしなくなっちゃうのが嫌なの」

「と、言うと?」

「あんなに大好きなチョコだって毎日食べてたら飽きるしドキドキもしない。美味しいの分かってるからトキメキもしない」

「俺は食い物にドキドキしたことはないぞ」

「美味しいもの食べると嬉しくならない?」

「まぁ、それなら分かるけど」


 諒介が頷くと、葉月も同じように首を軽く縦に振った。


「うん。そういうこと。嬉しいとか、そういうの感じなくなっちゃうじゃん。これはこういう味なんだって、美味しいのは当たり前なんだって思っちゃう」

「う、うん」

「恋人が家族になってしまう感覚っていうのかな。なんか、そういうの嫌なの」

「それって、いけないことか?」

「私はね、あなたに恋愛感情がなくなっちゃうのが嫌なの」

「ふーん……」


 テーブルに肘をついていた諒介が、グッと背凭れに寄りかかって深く息を吐く。

 その動作に、葉月は少し不安そうな表情を浮かべる。


「変?」

「まぁ、言わんとしてることは分からなくもないよ」

「本当?」

「でもさ、そんなこと言ってたら結婚も出来ないぞ」

「そうだけど」

「結婚したら恋人じゃなくて家族になるんだぞ?」

「うん」

「そうなってもお前は、同じことを言い続けるのか?」

「……まぁ、そうだよね」


 少し、ほんの少しだけ二人の間に沈黙が流れる。

 互いに冷めた飲み物を口にして、言葉を選ぶ。


 先に沈黙を破ったのは、諒介だった。


「なぁ、なんで距離置きたいの?」

「……分かってて言ってるよね」

「俺、別に自惚れてはいないから」


 諒介の真っ直ぐな視線に、葉月は少し居心地の悪さを感じる。

 決して意地悪で言ってるんじゃない。

 彼は、確信が欲しいんだ。

 その言葉を求めるもは、無理もない。

 そうさせたのは、紛れもなく自分自身。


「……好きだからよ。貴方が、何よりも誰よりも、大好きだから」


 照れながら口にした言葉に、諒介はホッとした表情を浮かべ、またテーブルに肘を付ける。


「じゃあさ、そろそろ良いだろ」

「……ずっと愛してくれる?」

「俺がどんだけお前のこと好きか分かんない?」

「分かんない。私は貴方じゃないもの」

「俺はずっとお前に惚れてんだぞ。理不尽に別れようって言われてもずっとな」

「スゴイね」

「だろう?」

「……うん、だから私も安心して距離置けたんだと思う」


 葉月はニヤけそうな頬を手で隠しながら、嬉しそうに微笑む。

 一途で、優しい彼。

 その真っ直ぐな思いが、フラフラしてしまう自分をしっかりを繋ぎ止めてくれた。


「お前みたいな馬鹿に付き合えるのは俺だけだろ?」

「君みたいな純情くんに付き合えるのも私だけよね」

「俺はいつお前が本気で別れたいって言い出すかと冷や冷やしたものだよ」

「ふふ。私は、君を信頼してたよ」


 自信満々な笑みを浮かべる葉月に、諒介は少し恥ずかしそうに視線を反らして言う。


「じゃあ、俺がプロポーズしたらどう思う?」

「泣いちゃうかも」

「じゃあ、泣かせていい?」

「ロマンチックなプロポーズしてくれるなら」


 その言葉に、諒介はグッと息を呑む。


「……ちょっとだけ考える時間くれない?」

「私が何回思い返しても飽きずにいられるような最高の口説き文句考えてね」

「何そのプレッシャー」

「楽しみだなぁ」


 ニコニコと余裕の笑みを浮かべる葉月。

 負けず嫌いな諒介は、その売る言葉を買う。


「覚悟しておけよ。もう二度とお前が別れようなんて言ってこないようなの考えてやるからな」

「タオル準備しておくわ」

「バスタオルにしておけ」

「自分でハードル上げるじゃん?」

「それくらいのことしないと葉月はまたフラフラしそうだからな」

「そうかもね。でもさ」

「うん?」


 ふわり、優しい笑顔を浮かべる葉月。

 その表情に諒介はドキッと胸を高鳴らせた。


「私、飽きずにりょーくんのこと好きだったよ」

「……おう」

「好きだから、色々考えてフラフラしちゃってた」

「うん」

「照れてる?」

「そんなんじゃねーよ」


 素直じゃない。

 明らかに顔が真っ赤になってる。

 諒介の真っ赤になった耳に、葉月は体を前に屈ませて内緒話をするように小さな声で言った。


「家族になってもずーっと好きでいてね」

「当たり前だろ」

「当たり前のように愛しててくれる?」

「お前も、俺から離れるなよ」

「……うん」


 ポンと頭を撫でる諒介の大きな手に、葉月の目から自然と涙が溢れてきた。


「ちょ、何で泣くんだよ!?」

「泣けてきた」

「いま泣くなよ! 俺まだプロポーズとか何も言ってないじゃん!?」

「うううううー」


 留め具が外れたかのように声を上げて泣き出す葉月。

 諒介は周りの目を気にしながら必死で彼女を宥める。


「ほら、チョコ買ってやるから」

「うう、ありがとおー」

「泣き止めってー」

「うううううううー」


 子供のように泣く葉月に、諒介は思わず吹き出す。

 こうやって泣く姿は、昔から変わらない。


「ったく、お前は昔から泣き虫だよな」

「だってぇー」

「そういうところも好きだよ」

「……うえええええええ」


 さらに泣き出してしまった葉月に、慌てふためく諒介。

 さすがに周りの目が痛い。

 どうにか泣き止まそうと、背中をポンポンと叩いてあやすが、葉月の涙は止まらない。


「なんで余計に泣くんだよ!?」

「好きとか言うからあああ」

「じゃあもう言わねーよ!」

「やだあああああ」

「じゃあどうしたらいいんだよ!」

「結婚しよおおおお」

「それ俺の台詞だから!!」


 少し落ち着いてきたのか、葉月は袖で涙を拭きながら小さく呟く。


「……子供は二人がいいー」

「男の子と女の子?」

「うん」

「いつか一戸建て買いたいな」

「うん」

「まだ泣いてんのかよ」

「泣いてないもん」

「泣いてるじゃん」

「違うもん!!」


 駄々っ子のような彼女の頭をクシャクシャっと撫で、手を差し伸べる。


「はいはい。んじゃ、婚約祝いにチョコケーキでも買っていくか」

「ホールで?」

「お前、食べきれるの?」

「余裕!」

「本当に好きだな」

「好きよ。貴方の次に」

「……俺、お前のそういうところムカつくわ」

「何照れてんだよ」

「うっせ!!」


 葉月は差し出された諒介の手を取り、キュッと握りしめた。


「ほら、早く帰りましょうよ。旦那様?」

「はいはい。そうですね、奥様」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

例えば一生チョコレートを食べ続けるためにはどうしたらいいか。 のがみさんちのはろさん @nogamin150

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ