偽りの友情【BL】

のがみさんちのはろさん

偽りの嘘





 どうして、こんな気持ちを抱いてしまったんだろうか。


 どうして、こんな想いに気付いてしまったんだろうか。



 バッカじゃねーの、俺。



 ■ □ ■



「……はぁ」


 自分の部屋で、俺はベッドに横たわってスマホの画面を睨み付けていた。

 我ながら最低なことをしてると思う。

 こんなことしないで、素直に謝ればいいのに何してるんだ俺は。


 なんで俺がこんなに悩んでいるのかと言うと、幼稚園の頃からつるんでる幼なじみと喧嘩したからだ。

 内容は些細なことだった。

 振り返ってみれば本当にくだらない内容で、悩んでいるアイツを俺がちょっとからかっただけだったんだけど、どうやらそれが地雷を踏んだようだ。

 そっから売り言葉に買い言葉。段々歯止めが利かなくなって、絶交だと言われてしまった。

 すぐに謝れば良かったんだろうけど、俺も引くに引けなくて、喧嘩したまま帰ってきてしまった。


「どうしよう」


 謝るってこんなに難しいことだっけ。

 今までみたいに軽くゴメンって言えば済む話だろ。

 なんで、それが出来ないんだろう。


 いや、理由は分かってる。

 俺がアイツに謝れない理由。それは、俺がアイツに隠している気持ちが原因だ。

 一生言えない秘密。

 アイツにだけは、知られたくない想い。

 この気持ちに気付いたのは確か去年、高1の夏。アイツに、由隆(ゆたか)に彼女が出来たときだ。


 俺、近衛一樹(このえかずき)と幼なじみの市井由隆(いちいゆたか)は小さい頃からずっと一緒で、家が近かったから小学校も中学校も同じだった。

 親同士も仲良くなって、お互いの家に泊まりに行くこともしょっちゅうだったし、家族みたいな付き合いをしてた。

 だから当たり前のように高校も同じところに進学して、運が良いのか悪いのか同じクラスになった。

 そして夏。アイツに彼女が出来た。

 そのときだ。俺は、自分の中の気持ちに気付いてしまった。

 友達に彼女が出来て悔しいとか、寂しいとか、そういうんじゃない。支配欲とでも言うのだろうか、独占欲が働いたんだ。これは、俺のモノじゃなかったのかって。


 そう、俺は由隆のことを友達でも家族でもなく、恋愛対象として好きだったんだ。

 いつの間にか、そう思っていたんだ。

 当たり前のように、コイツを好きになっていたんだ。


「俺、彼女出来たんだ!」


 そういう由隆の嬉しそうな顔を見て、泣きそうになった。

 その場では「良かったな」って言って、お祝いにコンビニでお菓子奢ってやったりしたけど、その日の夜は無駄に泣きまくったな。

 まぁ、高2になって直ぐに別れたけど。

 そんときはちょっと奮発してファミレスで飯奢ってやった。


 それから大体二ヶ月。

 ちょっとしたことで喧嘩した俺らは、絶交の危機。というより絶交してしまった訳だが。


「……仲直りって、どうやるんだろう」


 ゴメンって謝ればいい。

 だけど、友達に戻りたくないって気持ちもある。

 俺は、由隆と友達でいたい訳じゃない。

 だけどこの気持ちをカミングアウトする気もない。

 言ったら終わるから。

 友達にすら戻れないから。

 当たり前のように、アイツの隣にいることが出来ないから。


「……」


 俺は慣れない手つきでメッセージアプリをインストールして、登録を済ませる。

 今までは面倒臭くって周りに勧められてもスルーしてきたけど、こういう時には便利かもしれない。

 アカウント名はどうしようか。適当でいいか。俺だってバレなきゃいい。あとは友達検索ってヤツで由隆のアカを探す。

 検索拒否とかしてなければ、これで出てくるはず。


「……あった」


 アイツ、アイコンに自分の写メ使ってやがる。おかげで直ぐに分かったから良かったけど。

 いきなりメッセージ送っても大丈夫かな。

 いや、でも友達がいきなり知らない子から友達申請が来たことあるって言ってた。しかも仲良く連絡取り合ってるらしい。

 メル友みたいな感覚だろうか。

 SNSでもいきなりフォローされたりするし、それと同じだよな。


「……えっと」


 最初はなんて送ろう。

 適当に検索して見つけました、とかで良いかな。

 そうだ。女、同年代の女子っぽくすればいい。名前もそれっぽくしよう。


 俺は女としてアイツに接するべく、アカウントの名前を「ヒナタ」に変えた。とっさに浮かばなかったから、田舎の婆ちゃんの名前にした。

 あとは由隆に女子として接するだけ。


 こんな面倒なことするなんて、正直馬鹿だと思う。

 でも、俺はアイツと友達に戻れない。

 だから、最低な嘘を吐くんだ。


《はじめまして。私、ヒナタっていいます。友達欲しくて適当に検索したら出てきたので、メッセージ送っちゃいました。お返事貰えると嬉しいです》


 震える指でメッセージを送る。

 心臓がバカみたいに早鐘打ってる。死んじゃうんじゃないかってくらい、痛いくらいに。

 今の時間ならアイツも家に帰ってるし、すぐに気付くと思うんだけどな。

 どっか変なところあったかな。てゆうか、やっぱり知らない人からのメッセージなんか無視するか。

 そうだよな。気持ち悪いよな、急にこんなの。


 溜め息を吐いてスマホを手から放そうとした瞬間、ブブブ、と震えた。

 まさか、もう返事が来たのか。

 アプリ画面を開くと、由隆からの返事が届いてる。

 マジかよ、馬鹿なのか。なんで返事しちゃってんだよ。

 あ、まさか俺からって気付いてないよな?

 分かる訳ないよな。本名とか記入する場所もなかったし、アドレスとかも向こうからは見れないし。

 俺、こういうの疎いから怖いな。

 とりあえず、由隆からの返信を見よう。


《はじめまして。いきなりでビックリしたけど、俺でいいなら友達になろう! 俺は由隆、よろしくねヒナタちゃん》


 信じてる。

 俺だって気付いてない。

 よし、やった。

 俺はヒナタという存在しない女になりきって由隆とメッセージを交換していく。

 彼女と別れたばかりだったから、少し警戒とかしてるかもって思ってたけど案外ちょろいな。


「……んだよ」


 俺と喧嘩したばかりだっていうのに、全然元気じゃねーか。

 お前にとって俺はその程度だったのかよ。ムカつく。


《実は私、友達と喧嘩しちゃったの。それで話聞いてくれる人探しちゃった。なんて、ちょっとウザい?》


 いや、これはさすがにヤバいか?

 俺だって気付かれなくても、こんな構ってちゃんウザいだろ。無視したくなるよな。

 でも由隆はどっちかって言うと、こういう女が好きだしな。前の彼女、確かこんな女だった気がする。

 数分待っていると、アイツから返事が来た。


《マジで? 実は俺もなんだ! ちょっと言い過ぎたかなって思ってるんだけど、なんか謝るタイミング逃しちゃったみたいな……》


 由隆のヤツ、俺と同じこと思ってたのか。

 何だよ、だったら謝れよ。そしたら俺だって謝れたのに。

 なんて、それは俺が言っていい台詞じゃないか。今回のことは明らかに俺が悪い。俺がアイツのことちゃかして、地雷踏んでしまった訳だし。


《本当? 実は私もそうなの! どうしたら謝れるんだろう……仲直りしたいのに。》

《一言、ゴメンって言うだけなのにね。》

《そうだよね。由隆くん、そのお友達とはどれくらい仲良いの?》

《そいつ、幼なじみなんだ。幼稚園の頃からだから10年以上の付き合いになるね》

《長いね! でもそれくらい長い付き合いなら今までにも喧嘩くらいしてたんじゃないの?》

《まぁね。でも、今回は今までで一番酷いかも。なんか、いつもなら笑って流せるようなことだったんだけど、今日だけはダメでさ……》

《機嫌悪かったの?》

《機嫌がって言うか、なんていうか……ちょっとね。それで喧嘩腰になっちゃってさ》


 そうだったのか。

 確かに不機嫌そうな感じはあった。だからそこに触れないようにと思って、適当にふざけて話しかけたつもりだったんだけど、それがダメだったのか。


《俺の話より、ヒナタちゃんは? その友達となんで喧嘩しちゃったの?》


 ヤバい、そこまで考えてなかった。

 喧嘩の内容か。適当にごまかしておくか。


《まぁ、ちょっとね。友達が悩んでるのに気付かなくて、無神経なことしちゃったみたい》


 こんな感じところか。あながち間違ってないし。

 それにしても、結構喰い付き良いな。これが普通なのか? 俺は人見知りするしメールとかそういったコミュニケーションツールを全く使わないから、よく分からないけど。


《そうなんだ。ヒナタちゃんって何歳?》

《私は17歳だよ。高校二年生》

《なんだ、俺と同い年じゃん!》

《そうなの? 偶然だね》


 どの口でそれを言うんだか。

 俺、こんな風に簡単に嘘付ける奴だったんだな。流れるように文字を打っている自分に驚きを隠せないわ。


《本当にね! いきなりメッセージ貰ったときはちょっと不安だったけど、なんかヒナタちゃんとは気が合いそうだね》

《嬉しいな。私、人見知りで友達少ないから》

《お互い、友達を仲直りできると良いね》

《うん、そうだね》


 慣れない絵文字やらを使って疲れた。

 少しでも女の子っぽく見えるように振る舞ってみたけど、自然に出来てたかな。


「……明日から、どうしよう」


 いや、もう無理か。

 俺はアイツと友達でいることを止めた。諦めたんだ。

 だって、もうツラい。気付いてしまったから、もう友達として接することは出来ない。

 好きだって、伝えられないんだから。



 ■ □ ■



 それから数週間が経った。

 由隆とは全く話していない。お互い顔を合わせないように避けてるせいでもあるけど。

 それに、ヒナタにも俺のこと全く相談しない。

 友達と仲直り出来たかと聞いてもはぐらかされるだけだ。

 そんなに俺のことを考えたくもないってことなんだろうか。


《こんばんわ、ヒナタちゃん。学校終わった?》


 放課後になり、真っ直ぐ家に帰るとアイツからメッセージが届いてた。

 由隆、まだ部活中じゃなかったか?

 怒られても知らないぞ。


《うん、終わったよ。今帰ってきたところ。由隆くんは?》

《俺は部活中! でも今日は自主練だけだから楽ー》

《そうなんだ。真面目にならなくていいの?》

《いつもは真面目だよー! でも今日はちょっとだけ手抜きー》

《いけないんだー》

《それより、ヒナタちゃんはまだ友達と仲直りできてない感じ?》

《うん、避けられてるみたいで……私の方もなんか気まずくて声掛けられてないんだ》

《そっかー。早く仲直りできると良いね。応援してるよ!!》

《由隆くんの方は?》

《俺の方は、まぁまぁかな。大丈夫、気にしなくていいよ》


 お前の方から話し振ってきたくせに、自分ははぐらかすのか。

 なんだよ、それ。


《由隆くん、お友達と仲直りしないの? なんか、この話振られるの避けてるよね》

《……仲直り、したくない訳じゃないよ。でも、なんか声掛けにくいんだ》

《そうなの?》

《あからさまに声掛けんなみたいな雰囲気してんだもん。どうしていいか分かんないよ》

《そっか……》

《このままだったらどうしよう……俺、アイツとこのまま喧嘩別れになるのは嫌なんだ。でも、アイツは俺と顔合わせないし……》


 お前が俺を避けるのは、俺の方に原因があると。

 確かにそれは間違ってないと思う。俺の方はもう友達に戻るつもりないし、変に言葉交わして気持ち揺らいでも嫌だから。

 言えない気持ちを抱えたまま、お前と仲良くなんかできないよ。


 俺が、何回自分の首を絞めてきたと思う。

 お前と接する度に、俺は俺(本音)を締め殺すんだ。

 眼を閉じれば、俺の足元にはいくつもの死体が転がっている。

 本音という、俺の死骸。

 言いたいのに、言えない。言えないまま、死んでいく心。


 どこまで俺は、嘘を吐き続けるんだろうな。


《アイツとは長い付き合いだし、俺としては仲直りしたいんだけどな……》

《そうなんだ》

《うん。やっぱり親友だからね》


 親友、か。

 この気持ちに気付く前の俺だったら、その言葉が嬉しかったと思うよ。

 でも、もうダメなんだよ。

 もう引き返せない。


 俺は、当たり前のようにお前に愛される自分になりたい。

 どんなに願っても叶わない願いだったとしても。



 それから数ヶ月。

 季節は夏になり、学校も夏休みに入った。

 俺は相変わらず、ヒナタとなって由隆と連絡を取り合っている。

 女っぽい言葉使いとか、絵文字とかも慣れた。


《毎日暑いね。ヒナタちゃんは暑いの平気?》

《ううん、苦手。でもクーラーも苦手で、毎日扇風機グルグル回してる!》

《そうなんだ。俺はクーラーないと生きていけない!》

《なんかイメージできる。お腹出して寝てそうだよね》

《当たり。よく親にも怒られてる》


 知ってるよ。よくお前の家に泊まりに行ったとき、腹出して寝てまくってたもんな。


《ねぇ、ヒナタちゃんは夏休みの予定ってあるの?》

《え? 特に決まってないよ》

《そっか……》

《由隆くんは? あ、部活で忙しいかな》


 あれ、どうしたんだ。いつもなら直ぐに返事が来るのに、時間が掛かってる。

 俺、なんか変なこと言ったか?

 いや、特におかしいところはない。

 じゃあ、なんで。

 なんか変に待つ時間が長く感じる。もう5分は経ったぞ。

 俺の方から何か送ってみるか。いや、でも何て?


《あのさ、ヒナタちゃん》


 悩んでいると、由隆から返事が来た。

 何だよ、今までこんなに間があったことないからビビるだろ。


《なに?》

《もし答えたくなかったらスルーしてくれていいんだけど》

《う、うん》

《あー、その》

《なに? どうしたの?》


 何だよ、そんなに言いにくいことか?

 もしかして、俺だって気付いたのか?

 それとも、女じゃないことに気付いたとか?

 そう思わせるようなこと言ったかな。

 どうしよう。ここままだと、この関係も終わってしまう。

 お前と俺を繋ぎ止めるものがなくなってしまう。


《もし、もしもだよ》


《会いたいって、言ったら迷惑かな》



 え。

 会いたいって、俺に?

 いや、違う。ヒナタに会いたいって、そう言ってるのか?

 もしかして、少しでも意識してるのか。

 ヒナタに。

 俺だと気付かずに。


 スゴイな。

 女なら、ヒナタなら、お前に愛されることが出来るのか。その可能性があるんだな。

 残念ながらヒナタはこの世にいない。

 名前を借りた婆ちゃんも二年前に死んじゃったし。

 どうする。適当に遠くに住んでるからとでも言っておくか。

 嘘を吐け。自然に、違和感なく。


 今までそうしてきたように。



《いいよ》



 俺が由隆に返事をしたのは、それから二週間経ってからだった。

 その間は全く連絡を取らなかった。


 もちろん、ヒナタは会いにいけない。

 俺も女にはなれない。


 だから、俺は最低な嘘を上塗りする。




 ■ □ ■



 お盆も過ぎ、もうそろそろ夏休みも終わる頃。俺は地元から少し離れた駅で由隆と待ち合わせをした。

 正しくは、ヒナタとしてだけど。

 待ち合わせ30分前。さすがにまだ来てないな。

 アイツに会ったら、どんな顔すればいいだろうか。

 とゆうか、由隆はどんな反応するかな。きっと驚くよな。

 大丈夫。台詞は全部考えた。

 堂々、嘘を吐こう。


「あれ、一樹?」


 来た。

 久々に聞いた由隆の声に少し胸が跳ねあがった。大丈夫、落ち着いていけ。


「よう……」

「お前、何でここに居るんだ?」

「約束したから」


 そう言って、俺は由隆に携帯を放り投げた。

 渡したのは母さんが前に使っていたガラケー。俺のアプリのデータを全部映してある。

 誰の物か分かりやすいように、画面にはメッセージアプリを表示させたままだ。


「……これ」

「ヒナタから、頼まれたんだよ」

「え?」

「俺の親戚の子なんだけどさ、自分の代わりに会ってほしいって頼まれたんだ。まさか、ヒナタの友達っていうのがお前だったなんてな」

「……でも、どうして」

「……あの子、昔から病弱でさ……もう何年も入院してたんだけど、この前……」

「まさか」


 俺の書いたシナリオはこうだ。

 ヒナタは俺の親戚で病弱。それで友達欲しさにお前にメッセージを送った。だけど彼女は余命僅かで、亡くなる前に俺に由隆と会ってほしいと頼む。

 ちょっとドラマ仕立てっぽいというか、嘘くさい感じもするけど疑わせるようなものはないはず。

 偶然が重なりすぎて怪しいけど、由隆なら大丈夫だろ。


「そう、なんだ……ヒナタちゃん……」

「……お前、ヒナタと知り合いだったんだな」

「知り合いって言うか、メル友……みたいな?」

「ふうん」

「お前はそういうのやらないもんな。興味ないだろ」

「まぁ……」


 よし。疑ってない。

 大丈夫。大丈夫だ。


「じゃあ、俺はこれで……」

「あ、待てよ一樹!」

「……何だよ」

「その……悪かったな。俺、ずっとお前に謝りたくて……」


 良かった。やっぱり、お前はそういう奴だよな。

 由隆のそういう分かりやすい性格、本当に好きだよ。


「いや、俺の方こそ悪かった……直ぐに謝れば良かったんだけど、なんか言いにくくて」

「意地っ張りだもんな、お前! なんか、ヒナタちゃんのことは悲しいけど……お前と仲直りできてよかったよ。これもヒナタちゃんのおかげかな」

「そうだな」


 要は俺のおかげってことか。

 まぁ、誰でもないお前の願いだ。それを叶えるために、俺は最大の嘘を吐く。

 思ってもいないことを、平然と口にする。


「これからもよろしくな、親友」

「当たり前だろ、一樹!」


 また、俺(本音)を絞め殺す日々が続く。


 良いんだ。

 どうせ、嘘を吐くのは慣れてる。



「なぁ一樹。ヒナタちゃんのお墓参りとか出来ないのかな」

「あー……どうなろうな。落ち着いたら聞いてみる」

「そうか、ありがとな」



 ああ。

 また嘘を考えないとな。




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