第五話 今感じている感情
除夜の鐘が始まった。英莉香にあげた整理券は三十番だったので、光輝たちはもう除夜の鐘の列の中にいた。
「楽しみだ。光輝、ちゃんと撮っておいてくれよな」
英莉香がしきりに落ち着かない様子で言った。
「わかってるって。お前のスマホで動画を撮るから、俺の方で写真を撮るよ」
「よろしく頼む。さっきの言葉を訂正するよ。光輝はとっても楽しくて最高なやつだ」
「それは大変ありがたきお言葉」
ようやく英莉香の番が近付いてきたので光輝は英莉香と自分のスマートフォンを操作しながら撮影を開始した。
いよいよ英莉香の出番になり、お坊さんに案内される。
英莉香が小さな体で勢いよく
光輝は両手のスマートフォンでの撮影で忙しかったが、無事に英莉香の雄姿を撮ることはできた。
「お疲れさん」
光輝はスマートフォンを渡しながら英莉香に言った。
「とても楽しかった!」
「後で写真を送るよ」
二人はその後初詣をするために本堂の列に並び始めた。
「めちゃくちゃ人がいるな。花火大会の時より多いぞ」
光輝は本堂からの大行列に圧倒されながら言った。
「まあ、まだ一時過ぎだし、時間も余裕あるからちょうどいいんじゃないのか?」
「それもそうだな」
本堂のさい銭箱の前に立つまでは一時間以上かかった。光輝はさい銭を投げ入れると「受験が上手くいきますように」と念じた。
お願いを終えて隣を見るとまだ英莉香はお願い事をしているようだった。
後ろからの圧もあるので、ようやく英莉香が願い事を終えたところで光輝は彼女の腕をとりながら人ごみにのまれないように脱出した。
「さてと、もう少しで四時か。日の出の時間まではまだまだ時間があるな。どこか店に入ってしばらく時間を潰すか?」
光輝は腕時計を見ながら言った。
「せっかくだから普段行かないところで日の出を見ないか?」
「どこで?」
「そうだな。海とか」
「海って……ここからじゃどこに行っても遠いぞ」
「どうせまだ二時間以上あるんだろ? ちょうどいいじゃないか」
「……まあ、それもそうか。けど、帰りが大変じゃないか?」
「まったく、やっぱり光輝は現実的だな。それじゃ女の子にモテないぞ」
「俺は生まれてこの方モテたことなど一度もないし、そしてこれからもないさ」
「なんだよ、普通男子は女の子にモテたいっていつでも思うのが当たり前だろ? 光輝は不健全な男子中学生なんだな」
「……お前、男子に対してどんなイメージ持っているんだよ」
とにかく二人は人ごみの中を抜けながら駅に向かっていった。
◇ ◇ ◇
二人は一時間以上もかけて大きな海浜公園までやってきた。
「おお、さすがは初日の出の名所だけあって、人がもういるな」
英莉香は景色をのぞき込むような仕草をして言った。現在六時過ぎ。確かにちらほらと人が歩いていた。
「それにしても寒いな。ちょっと風が出てきたぞ」
光輝は吹きつける風を感じながら言った。
「海に近いからかな」
英莉香はそう言うとカバンの中から耳当てとニット帽を取り出して、再びかぶり始めた。
「どの辺が良く見えるんだろう」
「とりあえず、海岸に向かって行ってみようよ」
それにしても英莉香はまだ元気だった。電車に揺られていた時間が長かったので光輝は若干の眠気をもよおしていた。
しばらく歩いていると海岸に渡る大きな橋があり、そこを渡って海岸に出た。もう日の出が出そうなのか、辺りが明るくなり始めていた。
「もう少しで日が昇るな」
初日の出待ちと思われる人が結構たくさん集まり始めていた。ただ、相当広い海浜公園なので、混雑するという感じではなかった。
そして待つこと約二十分――
「出てきた!」
英莉香が声を上げると確かにほんのわずかに輝きを持った太陽が姿を現し始めた。
「
英莉香が初日の出に見とれるようにつぶやいた。光輝はそんな彼女の横顔に思わず見とれてしまった。
「まさにこれこそ『光り輝く』じゃないか?」
「ハハ……まるで皮肉だな」
それに、いつだって光り輝いているのは間違いなくターニャの方だ、と光輝は心の中でつぶやいた。
◇ ◇ ◇
初日の出を見た後は公園内を少し歩いたが、さすがに昨日から起きっぱなしなのでせっかくここまで来たものの、帰ることにした。
「なんだか目的を達成した感じで、一気に眠気がやってきた」
光輝はあくびをしながら言った。
「そうだな。さすがの私も少し疲れた」
二人は電車に乗り込んで家に向かった。最初の方は色々しゃべってはいたが、一度電車を乗り換えるとやがて英莉香は眠り込んでしまった。
「……」
光輝は逆に眠れなくなってしまった。英莉香が光輝に寄りかかって身を預けるような感じで眠ってしまっている。誰がどう見たってカップルが家に帰るところに見えるだろうと光輝は思った。
それでも光輝は英莉香の寝顔を見て微笑んでしまいそうになった。いつもは明るく元気に全力で楽しんでいる彼女の寝顔はそうそう見られない。思わず写真に撮っておきたい気分だった。
(ああ――これは、きっと)
どうしてこいつと一緒にいると楽しいのか。そして、どうしてこんなにもっと一緒にいたいと思うのか――
今感じているこの感情こそが、自分の本当の気持ちなのだろうと光輝にはようやくわかった気がした。
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