第四話 大みそか、ターニャと二人で
十二月三十一日、大みそか。光輝が起きたころにはちょうど光砂が塾へ行く支度をして家を出ていったところだった。
「早いな、まだ七時半だぞ」
「年末年始の特訓講習だからね。光輝は何時から出かけるの? 夕食はいらないのね」
母親も出かける支度をしながら言った。
「ああ、うん。俺もすぐに出かけるけど一旦帰って、また夕方ごろ出る。母さんたちも出かけるの?」
「そうよ。だからお昼は適当に済ませておいてね」
どうやら青天目一家は朝から忙しいらしい。まあ年の瀬というくらいだからな――そんなことを思いながら朝食をとり始めた。
光輝も今日は朝からある目的のために用事があった。外に出ると冬晴れのすっきりとした青空が広がっている。
(……そういえば、あいつが英語ができないことを知った時は面白かったな)
光輝は電車で移動しているとき、一年生のころの英莉香を思い出して、つい思い出し笑いをしてしまった。
元々英莉香が英語を話せないことは小学校時代のころから知っていたが、一年生の中間テストでびっくりするくらいに悪い点数をとっていた彼女が面白かった。
英語以外の教科は成績がいいのに英語だけはどん底で、本人はその度に「ルーマニアは英語圏じゃない」と言い張っていた。
英莉香のことを考えていたらいつの間にか目的の駅に着いていた。透は無意識のうちに今日彼女と出かけることを楽しみにしていた。
◇ ◇ ◇
夕方、時間通りに英莉香が家にやってきた。相変わらずマフラーをぐるぐる巻きにして手袋、ニット帽、耳当てと完全防備だった。
「夜は冷えるからな」
「けど今日は風も穏やかだし、人ごみに埋もれそうになったり揉まれたりして案外暖かくなるんじゃないのか?」
「私を小学生か何かと勘違いしていないか?」
二人は駅に行き、電車で移動した。
「昨日は光砂とのデートを楽しんできたのか?」
「もちろんだ。ラブラブだったぞ」
「そうかい。光砂にとっても、いい気分転換にはなっただろうな」
目的地の駅に着くと、人はすでに多くなっていた。英莉香は立ち並ぶ屋台を楽しそうに眺めている。
「夏の花火大会に行った時を思い出すな」
「そろそろ腹もちょっと減ってきたし、屋台で買ってどこかで食うか」
二人は賑わう屋台をあれこれ見ながら歩き、英莉香は屋台でたこ焼きを買っていた。
「屋台のたこ焼きってこういう時くらいしか食べる機会がないと思うんだ」
「そうかもな。コンビニのたこ焼きとはやっぱ違うよな」
「ほれ、あーん」
英莉香は楊枝で刺したたこ焼きを一個光輝に差し出した。
「おお、サンキュ」
光輝はたこ焼きを食べながら、ちょっと照れくささを覚えた。ついでに英莉香が気にせずその楊枝でそのままたこ焼きを口にしているのを何となく意識してしまった。
(……やっぱりこれはあれだろうか。カップルだと思われるのだろうか……)
途端に光輝は周囲を気にし始めた。自分たちは恋人同士ではないし、仲の良い親友みたいなものだった。
けど一方で、普通なら伸一や純を誘うのに、英莉香を誘ったのはやっぱり彼女と一緒にいたかったからだろうか、と思った。
「……」
隣の英莉香を見ると楽しそうにたこ焼きを食べている。
「そういや俺、初日の出を見に行くなんて久しぶりだ。家族で行った小学校以来か」
「私は光砂と去年行ったからな。光輝は一緒に来てくれなかったが」
「見に行ったって、家の近くだろ?」
「どこから見たって初日の出は初日の出だ。年に一度のイベントだぞ」
「まあそうだけど。けど家の近くで見たってあまり新鮮味ないだろ」
「まったく、光輝は現実的でつまらないやつだな」
「青のり、付いてるぞ」
二人は賑わう境内を歩きながら時間を過ごした。人の数もだんだん多くなってきていた。
「まだ十時過ぎだな。どこかで休もうか」
英莉香が時計を見ながら言った。光輝はここでちょっとしたサプライズを彼女に見せることにした。
「お前が好きそうなイベントを用意してきた」
光輝はとある整理券を英莉香に渡した。
「『除夜の鐘 整理券』……これって、ひょっとして除夜の鐘を撞くことができるのか?」
「ああ、そうだ。今朝整理券が配布されていて、並んだんだ」
「いつの間に――」
「おまえにやるよ。そしてその瞬間を俺が写真に撮ってやろう」
「い、いいのか? 本当に?」
「ああ、そのために並んだようなもんだからな」
「さすが光輝。ありがとう!」
英莉香はぎゅっと嬉しそうに光輝の腕に抱きついた。
光輝は思わずドキンとしたが、これだけ喜ぶ英莉香の姿が見られただけでも充分並んだ価値はあったと思った。
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