第三話 通知票
光輝と英莉香は約束通り、土曜日の補習授業の後にビリヤードを打ちに行った。そしてその後に例によって隣の天丼の店に入った。
「今回も俺におごらせてくれ」
注文する前に光輝が言った。
「えっ、なんでだよ。今回は引き分けだったろ?」
「いや、前回の時は……お前に迷惑をかけたから」
「ああ……」
英莉香は光輝が途中で怒って出ていった時のことを思い出した。
「そのことなら――」
「とにかく、お礼の意味も込めて。頼むよ」
「……そうか。それなら仕方ない。じゃ、何にするかな」
やがて注文したものがやってくると、光輝は英莉香に受験校のことを尋ねた。
「そういえば城ヶ崎から聞いたんだけど、光砂もお前と同じ学校を受験するって?」
「ああ。どうやらそうらしい。私は光砂にはもっと上の高校の方がいいんじゃないかって言ったんだが、もし一緒の学校になれたら嬉しいな」
「へえ、全然知らなかった」
「まあでも、光砂は紹蓮女子に進むのが一番だと思うし、私が受験する高校の中にもそこから近い学校があるんだ」
「そうなのか。なら一緒に行けるといいな」
「光輝はどうなんだよ」
「うん、まあ……そうだなあ。やっぱり来週の三者面談で……あーっ、理科の成績が怖い」
光輝は頭を抱えた。
「まあ落ち着け。『1』なんて相当じゃないとつかないぞ。私ですら英語はずっと『2』だったんだからな。それに公立ならともかく、私立はほぼ学力試験の結果で決まるっていうじゃないか」
「フォローになっているのかわからないが、とりあえずありがとう」
そうは言っても入学試験で本領を発揮できなければ終わりだ、と光輝は思った。
◇ ◇ ◇
三者面談の日がやってきた。
先に光砂との三者面談を終えた光輝の母親は「光砂の成績の後に光輝の成績を見るのはとても辛いわ」とわざとらしく辛そうなそぶりをして言った。
「本当容赦ない母親だな。ちなみに、光砂は〝現状維持〟か?」
現状維持とは、つまりオール『5』という意味だった。
「ええそうよ。それに今年英検二級に合格できたことはかなりポイントが高いって褒められたわ」
「はあ……」
やっぱり自分とは次元が違うな、と思っていると順番がやってきた。
「よろしくお願いします」
「どうぞおかけください」
佐倉田は早速光輝の通知票を二人に見せた。
「光輝くんは頑張りましたね。一学期のころより内申点が三つも上がりました」
(おお――)
懸念していた理科はなんとか『2』をキープしていた。それになんといっても英語の評定が目標の『3』となっていた。ついでに保健体育と技術家庭も一つずつ評定が上がっている。
(よかった――)
光輝は思わず脱力して椅子にもたれかかった。
「本当に頑張ったと思います。何せ、中学二年生の学習内容を一から勉強するところからスタートしたわけでしたから。人より努力したことがこの数字に表れていると思います」
「よかったじゃない、光輝。お母さんは天国から地獄を見るところだったわ」
「あのな……もっと息子を労わってくれよな」
その後受験する高校についてなどを話し合い、面談を終えた。
◇ ◇ ◇
残りの日数は消化試合のようなもので、あっという間に終業式の日を迎えた。
光輝たちは終業式を終えて体育館から教室に戻っていた。
「さあてと、明日から冬休みだ!」
「そうは言っても明日からまた塾だからなー。光輝も明日からだろ?」
純が訊いた。
「まあな。で、二十九日から三日までは休みで、そこからまた」
「俺も一緒だな。早く受験終わらねえかな。推薦組は一月中に決まるんだよな」
「推薦で受験できる奴が羨ましいわ」
ホームルームの時間となり、通知票が渡された。通知票の結果についてはこの間の三者面談にて伝えられている。
「ふう……一時はどうなることやら」
光輝は改めて通知票を見て言った。
「目標は達成できたの?」
恵が横から訊いた。
「まあな。いや、英語で『3』をとるのが目標だったんだけど、それ以上に理科で『1』になるかならないかの瀬戸際だったのがやばかったんだ」
「それは危機一髪だったわね」
やがてホームルームが終わり、家に帰ることにした。いつも通り英莉香がやってくる。
「そういやターニャ、お前はどうだったんだ? 通知票」
「全体としては二学期より上がってなんとか目標達成だ」
「なるほど、俺と一緒だな」
二人は教室を出て光砂のクラスの前で待つことにした。光輝はそれとなく英莉香に年末の予定を訊いた。
「なあ、年末は塾か?」
「年末年始は塾もお休みだ。なんだ? デートのお誘いか?」
「いや、初日の出でも見に行こうかとか思って。ついでに初詣で合格祈願なんか」
「いいな、二年参りってやつか。行こう!」
「ああ、まあ、光砂も行くかな」
「いや、光砂は年末はダメなんだって」
「そうなのか?」
「正月特訓というのがあるらしい」
「うげ……正気か? それ」
大晦日どころか正月も塾で勉強なんてとてもやってられない、と光輝は思った。
「だから光砂には三十日にデートに誘われたんだ」
「なるほど。モテモテじゃないか」
「そうなんだよ。私は競争率が高いからな?」
いつもならはいはい、と流す光輝ではあったが、やっぱり英莉香は誰かに誘われたりしていたのだろうか……とまた気になっていた。
(よく見たら見た目は割と可愛い方か……これだけ話しやすくて一緒にいて楽しければ最高だよな…………って俺、何を考えてる)
光輝は思わずブンブンと首を振った。
「どうした?」
「いや――ほら、終わったみたいだな」
ちょうど光砂のクラスのホームルームが終わったようだった。
「光輝にもデートに誘われたんだ」
光砂が教室から出てきたところで早速英莉香が嬉しそうに言った。
「語弊があるな。初日の出でも見に行かないかって言っただけだ」
光輝が訂正した。
「ふーん」
光砂は光輝を横目に言ったがさほど関心も無さそうに言った。
「まったく、青天目兄妹にはモテモテで困るよ」
「モテモテなのは本当に私たちにだけなのかしら」
光砂は意味ありげに言った。
「え?」
「修学旅行の時だって、男子に呼び出されてたじゃない」
「そうなのか?」
「ああ――いや、まあ」
英莉香は急に視線をそらしながら言った。
「ほう? モテるじゃないか、タチアナさんよ」
光輝はニヤニヤしながら言ったが、果たしてなんと返事をしたのかが気になった。
(やっぱりまあ、そうだよな)
光輝は家に帰ってからも英莉香が告白されたであろう話を思い出していた。それが彼女にとって初めてのことでもないだろうし、あっても不思議ではないことだった。
ただ、光輝にはある種の確信はあった。さすがに英莉香が誰かと付き合っているのなら毎日顔を合わせているので絶対わかるはずだし、自分はともかく、光砂には話しているはずだと思った。
いずれにしても、自分の知らない英莉香の部分を垣間見た気がして、なんだか少し彼女との距離を感じていた。
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