第二話 二年前の事件

 ―― 二年前


 中学一年生の時、光輝のクラスの学園祭の出し物は巨大な恐竜の模型だった。足場や下半分は男子が、上半分は女子が作っていた。

 しかし光輝を含めた男子が幾度となく途中で遊び始めたりするので、その度に当時学園祭実行委員だった恵が怒って注意していた。光輝たちは最初は言われた通り従うも、またふざけるの繰り返しだった。


「いい加減にして!」


 ついに堪忍袋の緒が切れた恵が本気で怒ってしまい、やがて光輝と口論となり始めた。


「あんたたちがふざけてるとこっちも集中できないから迷惑なの!」

「ちゃんと仕事は進んでいるんだからちょっとくらいはいいじゃないか」

「人の迷惑も考えられない人って本当嫌い」


 その口論はやがて相手への個人攻撃となっていた。


「はあ? やることはやっているんだからいいだろうがよ」

「やることやっていれば人に迷惑をかけていいわけ?」

「うるさいないちいち。本当融通の利かないやつだよな」

「こいつじゃなくて光砂がウチのクラスだったら良かったのに」


 恵はつぶやくように言うと、光輝がピクリと反応した。


「何でそこで光砂が出てくるんだよ。関係ねえだろ」

「光砂のクラスはみんなすごくまとまってやっているって。光砂がクラス委員だからね。けどあなたは真逆。クラスの足を引っ張っているわ。あなたが光砂と双子だなんて信じられない」

「――!」


 光輝はついにキレてしまった。恵のそばにある女子グループが作りかけていた恐竜の頭の部分を思い切り蹴飛ばした。途端に女子から悲鳴が上がった。


「何するのよ?!」

「お前がケンカを売ってきたんだろ?!」

「おい光輝、やめとけ――」


 慌てて伸一ら他の男子たちが止めようとしたが、光輝が蹴り飛ばした恐竜の頭の部分を作っていた女子の一人――春花が泣き始めてしまった。

 すると途端にクラス内に光輝を責める声が上がり始めた。


「……」


 光輝はさすがにまずいと思ったが引くに引けなかった。


「何しているんだ!」


 誰かが呼んだのか、担任の佐倉田が入ってきた。


「青天目君が私たちの作品を蹴り飛ばして壊したんです」


 恵がすかさず言った。佐倉田は泣いている春花や作品を見て光輝に怒鳴り始めた。


「お前は何をした!!」

「……」


 光輝はどうしようもない怒りで思わず恵が言ったことや自分たちを正当化しようと思ったが、この今のクラスの空気ではもはや何を言っても信じてはくれまいと思った。

 その後、佐倉田からはものすごい剣幕で怒られたが、光輝は佐倉田を睨みつけるようにするとカバンを取って教室を飛び出していってしまった。


(どうして俺だけが悪いんだ――クソッ! クソッ!!)


 全てが嫌になった。恵の口から光砂のことが出た途端、猛烈な不快感が全身を巡った。

 こんなことは今に始まったことではなかった。ことあるごとに優秀な妹と比較されるような言動をちょくちょくとされてきた。今まで何となく流してきたものの、それらが積もりに積もって溜まっていたのだ。そしてついに光輝の怒りが爆発してしまった。

 その後は学校から連絡があったり、佐倉田が家を訪問したりしたが、光輝は決して顔を出さなかった。

 当然親にも怒られたが荒れに荒れた末、光輝は部屋に引きこもってしまったのだ。そして完全に不登校状態になってからは親も諦めるような感じでそのうち何も言わなくなった。光砂も最初は気にしていたが、光輝にはそのことで触れることは一切なかった。



 ◇ ◇ ◇



 ――狙ったはずの球をそれて白球がポケットに入ってしまった。

 過去の嫌な記憶を思い出してしまった。あの後に英莉香も家にやってきたが、彼女は最初から事件のことに触れることはなかった。

 それどころか「光輝、たまには打ちに行かないか?」と誘ってきたのだ。それが外に出るきっかけにもなったし、最後まで光輝を責める言葉もなければ事件の話もしなかった。

 光輝は自分が一番悪いことは自覚していたし、何より思い出したくなかったのはあの時の教室のみんなが自分を責める雰囲気になったことが怖かった。

 あの空気は二度と体験したくない。謝罪をしたところで受け入れてもらえるはずがないと思っていた。

 けど、あの時泣かせてしまった春花は自分のことを責めることなく逆に心配までしてくれていた。そのことが光輝にとってありがたかったが、恵は未だに光輝に対して嫌悪感をあらわにしている。

 過去をリセットするなんてそんな都合のいいことは許されないのだ。


(……)


 そして、今年も学園祭が来月に迫っていた。

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