第六話 夏休み
終業式――一学期の終わりであり、通知票という受験生にとっては重大なイベントがあった。
当然のごとく光輝は一年生の二学期以降はまともに授業も出ていなかったし、試験も受けていなかったので評定のつけようがなかった。だから全く出席しなかった一年生の三学期以降は評定欄には『未』という文字のみが記載されていたのだ。
そして今回一年以上ぶりに通知票に評定がついた。
(よし――)
光輝は通知票を受け取り、心の中でひとまず安堵した。成績は五段階で「1」の評定はなく、主要五教科では国語と社会が「3」、英語と数学と理科が「2」だった。もちろん一年生の時の成績に比べればだいぶ落ちてはいるが、光輝にとっては上出来だった。
(『1』がないだけでもマシだ。あるかないかだけで印象も変わってくるだろうしな!)
欠席日数も初日の、そして「最後の」不登校の一日だけだった。
けど本番は次の二学期だった。このペースなら、どこかしらの高校にはきっと入れるはずだと思った。
「光輝、どうだった?」
帰りのホームルームが終わると英莉香がやってきて訊いた。
「フッ、思ったより良かったぜ。なんと『1』がない」
光輝は自慢げに通知票を見せた。
「二年で全く授業を受けていなかった割にはやるじゃないか」
「お前、英語は?」
「フッ、思ったより良かったぜ。なんと『3』だ」
英莉香は光輝の真似をして不敵に微笑んだ。
「くっ……! これが俺とお前の〝差〟ってやつか……」
「光輝はあともう少し頑張れば『3』だったかもしれなかったな」
「せめて英語が『3』なら体裁は整うんだがな……」
「ふーん、二人ともそれなりには頑張ったのね」
いつの間にか光砂が教室の中に入ってきていた。
「ターニャ、あなた英語で『3』をとったのなんて初めてじゃない」
「そうなんだよ。だから嬉しくって」
英莉香は自分の通知票を抱きしめるようにしながら言った。
「よし、それならお祝いに打ちに行くか」
「おう、そうだな」
「待ちなさいってば」
光砂は教室を出ようとした英莉香の襟首をつかんだ。
「ターニャ、今日は私と約束しているでしょ?」
「おお、そうだった。悪いな光輝。デートはまた今度」
「へえ、もてるじゃないか」
「いいから、行くわよ」
光砂は英莉香の手を取って行ってしまった。
光輝は改めて自分の通知票を見た。佐倉田ともおくれを取り戻すと約束したのだ。自分の進路はこの夏休みに懸かっている――
◇ ◇ ◇
――懸かっているはずだった。
夏休みに入って二週間を過ぎ、八月になると光輝は登校する前の状態に戻りつつあった。
一学期が終わってからしばらくは意気込んで夏休みの宿題や受験勉強などのスケジュールを立てたものの、気がつけば今日のように一度目が覚めてもどうもやる気が出なく、クーラーをつけたらまた眠ってしまうことが多かった。
今日光輝を二度寝から起こしたのは家のインターホンの音だった。何度か鳴っているが誰も出る気配がないようだった。
(……光砂のやつ、いないのか?)
光輝は仕方なく起き上がって一旦窓の外を見ると、金髪の女の子が立っているのがわかった。光輝は窓から顔を出した。
「光砂はいないみたいだよ、ターニャ」
「なんだ、いるじゃないか。何度も電話したのに。まだ寝てたのか?」
英莉香に言われてスマートフォンの画面を見ると確かに英莉香から何件か着信が入っていた。光輝は下におりて玄関に出た。
「急にどうしたんだよ」
光輝はまだ軽くあくびをしながら言った。
「いや、何。たまには息抜きでもしようかと思って」
英莉香はキューケースを持っていた。
「……そうか。うーん、じゃ、打ちに行くか? ちょっと待っててくれ」
光輝は一旦英莉香を玄関に入れると自分の部屋に戻り、急いで着替えて準備した。そしてテーブルの上のパンを口に詰め込むと英莉香と外に出た。
「その様子だと挫折しているっぽいな?」
「ほっとけ」
「まあそんなことだろうと思っていたよ。光砂が言っていたからな」
いつものビリヤードの店に入った。夏休みとはいえ、平日の午前中なので空いていた。
「光砂はどこに行ったんだ?」
「知らん。夏期講習かな?」
「光輝は?」
「基本的に午後からだからな。今日はないけど」
「そうか」
英莉香はキューを構え、ブレイクショットを放った。スパン、と小気味よい音が響き渡る。思えばビリヤードもまた久しぶりだなと光輝は思った。最近少したるんできたのでそろそろ行き始めるのも時間の問題だったが、そういう意味ではいいタイミングで誘ってくれた気がした。
昼前にビリヤードを切り上げようとしたとき、カウンターのところにあったポスターが英莉香の目に入った。
「おお、花火大会か。今週末だってさ」
「ああ、そういえばそんなのあったな」
「よし光輝、行こうか」
「えっ」
「現地で見る花火は大迫力だぞ」
「急だな。本当に行くのか?」
「いいじゃないか。花火が観たいんだ、私は」
するとカウンターの店主が「光輝くんモテるねえ」とはやし立てた。
「いやいや、そういうのじゃないですから……まあいいけど」
ビリヤードの店を出ていつもの天丼の店に入る。そこであれこれ花火大会の話などをして、英莉香と別れた。
「さてと……やりますかね」
光輝は家に戻ってきて、さっそく机に向かった。
とりあえず片付けなければならないのは夏休みの宿題だった。これも受験勉強の一環として進めるが、どうも「夏休みの宿題」と言われるとやる気が削がれるのは何故だろうか。
夕方前に一旦ひと休みするかと下におりて飲み物を飲んでいると光砂が帰ってきた。
「塾だったのか?」
「そうよ。自習室に行っていただけだけど」
「自習室か。そういえばそんなのあったな」
「場所も雰囲気も変わってもちろんクーラーも効いているし、気分転換になるわよ?」
そう言って光砂は二階に上がっていった。
「なるほど、今度行ってみるかな」
光輝は自分も部屋に戻って宿題の続きを始めた。
ところが夜になると、光砂は光輝の部屋に入ってきていきなり詰め寄ってきた。
「なによ、アンタ。ターニャと花火大会に行くんだって?」
「なんだよいきなり。人が一生懸命宿題をやっているのに」
「いま、ターニャから私も花火大会に行かないかって誘われたわ」
「そうなのか。じゃあ来ればいいじゃないか」
「……花火大会の翌日に統一模試があるの」
「それはご愁傷様だな」
光輝がそう言うと「フン!」というように光砂は怒って出ていってしまった。
「なんだよ……行けないのは俺のせいじゃないのに」
理不尽な気分で光輝は宿題の続きを始めた。
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