第七話 花火大会

 おお――思わず光輝は声を漏らしそうになった。いや、漏らしていたのかもしれない。

 花火大会の当日、英莉香は浴衣姿で光輝の前にやってきた。


「どうだ? 思わず見とれてしまうだろ?」


 英莉香はいたずらっぽい笑顔で浴衣を見せびらかすように言った。

 もちろん似合っていた。紺が基調の浴衣に英莉香の金色の髪が良く映える。その豊かな金髪は後ろでシニヨンにまとめられていた。彼女の浴衣姿は小学校の頃の盆踊りなどで一緒に行ったとき以来だった。


「ああ、本当にその浴衣姿、似合ってるよ」

「良かった」


 英莉香が嬉しそうに微笑むと光輝は少しドキッとした。いつもより彼女がより一層に女の子らしく見えたのだ。


「そういえば、光砂のやつがむくれてた。明日は模試だから、だって」

「タイミングが悪かったな。けど、明後日には光砂と遊びに行くことになったんだよ」

「ハハ……モテモテだな」


 花火大会に一緒に行けなくてよっぽど残念だったのだろう。けど確かに今日二人だけで花火大会で楽しむというのに自分だけ明日は模試、というのはさぞかし憂鬱だろうと光輝は思った。

 電車を乗り継いで駅に向かうにつれて浴衣客もちらほら見かけるようになった。

 そして今ではもちろん本人も慣れているが、ハーフで金髪の英莉香の浴衣姿は周りからはよく見られていた。けどその視線が好意的なものであることも光輝にはわかっていた。

 駅に到着してぞろぞろと歩く多くの花火客と共に湖の方へ向かっていく。


「すごい人だな!」


 英莉香はテンションが上がっているのか、その表情からわくわくしているのがわかる。


「わかったから前見て歩こうな」

「子ども扱いするなよな。同い年のくせして」


 そう言った矢先に英莉香が人ごみに飲み込まれそうになったので、光輝は彼女の細い腕をつかんだ。


「だから言ったろ。ただでさえミニサイズなんだから」

「違う、下駄だから歩き慣れていないんだ」

「そうかい」

「だいたい、いつも学校に行くときは光輝や光砂と一緒に歩いているから私が小さく見えるだけなんだ」


 確かに光砂が光輝とあまり変わらない身長(数センチ差)なので、余計に英莉香が小さく見えるだけなのかもしれない。


「まあでも、光砂はスタイルがいいから羨ましいといえば羨ましい……」


 英莉香がぶつぶつと言っていたが、光輝は全く同意できなかった。

 自分とあまり身長が変わらないが故にそれだけ兄妹ゲンカをするときも優位に立てないことが多かった。というか口で負けていた。

 普通、世間一般では妹と聞くとみんな可愛いイメージを思い起こすが、そもそも双子なので妹もクソもないと光輝は思った――いっそ光砂が姉だった方がしっくりくるのに。


「やっぱり花火大会といえば屋台だよな!」


 花火大会会場の近くには屋台がたくさん並んでいて、英莉香は瞬く間にはしゃぎ始めた。

 ――やっぱりこいつは変わっていない。小学生のころと同じまんまだ――光輝はそんなことを思いながら屋台をまわっては色々と食べ物を買ったりした。


「ま、この辺なら何とか観られるかな」


 立ち見スペースにやってきて光輝が言った。湖すぐそばの方は有料の席だったのでやや後ろの方になってしまったが、それでも充分湖からは近かった。

 やがて最初の花火が打ち上がると大きく歓声が上がった。


「すごいな!」


 次々上がる花火に英莉香は目を輝かせた。


「そうだ、光砂に見せるために撮っておかないと」


 英莉香はスマートフォンを取り出して撮影し始めた。けど、いつしかまた花火の美しさに見とれていた。


「……」


 なんとなくそんな英莉香の横顔を光輝は見ていた。本当に楽しそうだったし、そんな彼女を見てなんだか嬉しくなった。

 また、浴衣を着ているせいでいつもと違う視点で彼女を見ていた。中身は今でも変わっていないのに、小学生のころの記憶から成長した目の前の英莉香は雰囲気がどこか大人っぽくも見える。

 思えば今こうしていられるのも、英莉香のおかげだった。もし彼女が自分を無理やりにでも学校に行かせなかったら――


「なあ光輝、来て良かったよな?」


 笑顔で英莉香が振り向く。


「そうだな。これで明日からまた勉強を頑張れる気がするよ」

「私もだ」


 二人は最後まで次々と打ち上げられる花火を観続けていた。

 光輝は心の中で「ありがとう、ターニャ」とつぶやく。そしていつかきちんと面と向かってお礼を言いたい――

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