第五話 密告
二日目。今日は班ごとの自由行動となっている。
「今日は私服だから楽だな」
「それにしても今日は暑くなりそうだ」
英莉香がまぶしそうに空を見上げて言った。
まるで性格を表すように英莉香はいかにも動きやすそうなスタイルだったが、それにひきかえ春花は大人しめな服装だった。光輝にとっては英莉香や光砂以外の女子の私服姿を見るのもあまりない機会だと思っていた。
「なんだ? 私に見とれているのか?」
何となく服装を見ていた光輝に英莉香がわざとらしく言った。
「いや、別に。お前の私服姿はよく見てるし」
「本当に光輝は乙女心をぶち壊しにするのが得意なんだな。ひどいやつだろ?」
英莉香は春花たちに言った。
「あのな……」
最初の行き先は静かな神社の境内だった。
「穴場的な場所だな。とっても静かだ」
英莉香は境内を歩きながら言った。
「そうだな。だから騒がしくするなよ」
「私を子ども扱いするなよな」
二人のやり取りに思わず春花たちが笑った。
「本当に青天目くんとターニャは仲がいいのね」
「というかこいつは光砂と仲がいいからな。何かと顔を合わせることはあったし、たまにビリヤード打ちに行くこともあったから」
「ビリヤードできるんだ、すごいね」
「まあ……小学生のころからやってたから」
春花や他の女子たちは光輝の意外な一面に興味津々だった。光輝自身もこんなに自分のことを訊いてくれるなんて思ってもなかった。
何より、昨日の春花の言葉に光輝は勇気づけられた。自分のことを恨んでいないと言ってくれたのだ。
光輝はまた少し、救われたような気がした。
◇ ◇ ◇
夕方前には自由行動を終えてホテルへ戻ってきた。しかし、光輝と純には別のミッションが残っている。
「とりあえず誰か来たら適当にごまかしておいてくれよ」
光輝と純は伸一にそう言ってこっそりホテルを抜け出した。二人が目星をつけていたゲームセンターはホテルから徒歩十分程度の場所にあった。
「おっしゃ、行くか」
地下に続く階段を下りていく。するとアーケード筐体の並ぶ店内に二人のテンションが上がった。
「おい、一クレ五十円だってよ」
二人は早速ゲームに興じた。地元でやっているゲームと変わりはないが、旅行先という妙な新鮮さや雰囲気が二人を魅了していた。けど、あまり遅くなるとまずいので一時間、遅くとも二時間と決めていた。
◇ ◇ ◇
二時間後、二人はようやくゲームセンターから出てホテルに向かって戻ったが――
「げっ、マズイ」
入口で佐倉田たち教師が数人立っており、二人は御用となって連行され、ロビーの角のコーナーで絞られた。特に光輝の胸が痛んだのは、佐倉田の自分を残念そうに見る目だった。せっかくこの間の三者面談では褒められていたのに――
二人ともすっかり凹んで部屋に戻っていった。
「戻ってきたか」
伸一が出迎えた。
「……一体どうしてバレたんだ?」
「どうも聞いてみると、城ヶ崎の班の連中が見つけたらしくて……あいつらの班の奴に訊いたら、城ヶ崎がチクったらしい」
(城ヶ崎恵――あいつのせいか!)
光輝は愕然としながらも膝に両手をついてギリッと歯を食いしばった。まさか見られていたなんて――
「マジか~気付かなかったよ」
純もやられた、という感じで言ったが、光輝はまだ地面を見つめたままつぶやいた。
「俺のせいだ……」
「え?」
「俺のせいでバレたんだ」
「何言ってんだよ、俺も一緒に一緒に行ったじゃないか」
「いや……城ヶ崎は俺のことを心底嫌っているからな。だから、先生に告げ口したんだ」
「考えすぎだよ、光輝」
伸一も言った。
「お前だって一年のころ同じクラスだったからわかるだろ? あいつはあの時からずっと俺のことを目の敵にしているからな」
「いや、城ヶ崎の性格なら誰だってチクってるよ」
「……」
確かにそうなのかもしれない。けれども光輝はまたも恵にしてやられたという気持ちが強かったのと同時に、非は全面的に自分にあることも認めていた。
(……結局これだ。全部、俺の自業自得――)
本当、自分が嫌になっていた。せっかく得た佐倉田の信頼を自分で砕いてしまった。やっぱり俺はクソなんだ。
「とりあえず、もう飯の時間だから行こうぜ」
伸一が二人を促した。するとロビーのところで光砂と出くわした。
「アンタ、やらかしたみたいね。ここに来てまでゲーム? 呆れるわ」
「……」
「ちょっと――」
光砂は光輝を少し離れた場所に引っ張って、囁き声で話した。
「私はこの件に関してはノータッチだけど、メグに見つかったのはまずかったわね」
「あいつは俺を嫌っているからな」
「……とにかく、しばらく大人しくしてなさいよ。あと、どのタイミングでもいいから、光輝が個人的に佐倉田先生に謝りなさい」
「もう俺は見放されてるよ」
「そんなことないわ。とにかく、反省している姿を見せるの。そうすればある程度挽回できるわ。いい?」
光砂はそう一方的に言うと元の友達のところに戻って行ってしまった。
(……まったく、色々勝手に言ってくれるよ)
光輝はため息をついて食堂に向かった。恵のことでせっかく楽しかった修学旅行気分も一気にしぼんでしまったが、一方でこのゲームセンター事件は光輝にとって思わぬ効果を生んでいた。
「おい、お前らマジでゲーセン行ったの?」
「どこのゲーセン? 台は?」
「マジ笑ったわ。佐倉田どのくらいキレてた?」
クラスの友達だけでなく、他のクラスの男子からもまるで英雄扱いのように光輝と純にこぞって話しかけていた。どうやらみんなが知る事となったらしい。
そのおかげで光輝の気持ちも割と救われた気がした。恵との関係は悪化の一途をたどる一方だが、少なくとも全てがダメにはなってはいないと思った。
◇ ◇ ◇
翌日、修学旅行の最終日となった。光輝と純は今日は大人しく過ごすことにしていた。
「アハハ、光輝。昨日はやらかしたみたいだな。まったく、私も誘ってくれれば良かったのに」
英莉香がいつもと変わらない調子で笑って言った。
「あのな……」
けどもし本当に英莉香が一緒だったのなら、先生に告げ口をされることはなかったのかもしれないと思った。
「大変だったね、青天目くん」
春花が苦笑して言った。
「ああ……その、城ヶ崎に見つかったらしいんだ」
「うん……聞いたよ。恵は曲がったことが嫌いだから……」
「いや、俺がいたからだろ」
「青天目くん……」
この三日間で汚点を残してしまったが、とにかく修学旅行は終わって学校に帰ってきた。
そして最後は校庭で集まった後、解散となった。
「……」
「光輝、帰ろうか」
伸一が声をかけたが光輝は「ちょっと待っててくれ」と言って佐倉田の元に向かった。
「先生」
佐倉田が振り返る。
「その――すみませんでした。勝手な行動をしてしまって」
「……」
「あの……もう問題は起こさないように気を付けます。だから……」
佐倉田は少し驚いた表情で見ていたが、
「青天目、もうすぐ夏休みだが、そこでおくれを取り戻すぞ」
光輝は顔を上げた。
「は、はい――」
相変わらず佐倉田に笑顔はなかったが、それは三者面談の時に光輝を見ていた目だった。光輝はもう一度頭を下げて伸一の元へ戻っていった。
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