第四話 修学旅行

 生徒たちにとって待ちに待った修学旅行の当日となった。

 光輝も少なからず楽しみにしている自分に少し驚いていた。無事に伸一たちと同じ班になることができたし、何より〝元A組〟の春花が自分と普通に接してくれていたことが大きかった。

 ただ、未だに自分への嫌悪感をあらわにしている恵と和解するのは不可能だと感じていた。

 光砂と家を出て英莉香と一緒になる。


「おはよう、二人とも」

「大きなスーツケースだな」


 光輝は英莉香の脇に置いてあったスーツケースを見て言った。


「一応、規定内なんだけどな。それに、乙女は荷物が多いんだぞ?」

「だ、そうだ。光砂」

「というか、アンタ本当にそれだけでいいの?」


 光輝は学校カバンに小さなリュックだけだった。


「たかが二泊三日じゃないか。着替えだけありゃ充分だろ」


 学校に着くともうすでに大型観光バスが何台か連なって待っていた。校庭で各クラス人数を確認し、校長の話を聞いた後、光輝たちはバスに乗り込んだ。


「なあ、明日の自由行動のときあっちのゲーセンとかちょっと探してみようぜ」


 バスの席に座ると純が言った。光輝もその話に興味を惹かれた。


「そうだな……ちょっと行ってみるか」


 バスで駅に到着すると新幹線のホームへと移動した。教員たちが先導して光輝たちは新幹線の席に乗り込み、やがて出発した。


「さてと、トランプでもやるか?」


 伸一がトランプを取り出した。光輝はカードゲームに興じながら、修学旅行に行かなかった場合のプランを思い出していた。

 誰とも思い出を作らず、ひっそりと過ごして卒業……今思えばあり得ない選択だと思うくらい、今が楽しく感じた。

 その時、ひと際楽しそうな声が聞こえた。光輝は思わず後ろの方を振り向くと、英莉香たちのところだった。男子も交えて楽しく何かのゲームをやっている。


(まあそうなんだよな、本来は)


 英莉香はみんなから好かれている。小学校高学年のころや中学に入ってからもたちまちみんなから好かれているのがわかった。部活の水泳部でもいいムードメーカーになっていると光砂からは聞いていた。

 誰に対しても英莉香は明るい笑顔で周りのみんなを楽しませているのだ。



 ◇ ◇ ◇



 初日の目的地は南良ならだった。法龍寺ほうりゅうじ、南良公園、唐大寺とうだいじと定番のコースである。南良公園からは班行動となっていた。


「光輝、シカだ!」


 英莉香がそう声を上げるなり鹿の方に駆け寄っていく。伸一たちも思わず鹿に興奮して鹿せんべいをあげたりしてはしゃいでいた。

 光輝はシカと戯れている英莉香を見て、本当に楽しそうだなと眺めていた。


「青天目くんもやってみたら?」

「ああ、そうだな」


 隣にいた春花に言われて光輝も鹿せんべいを露店で買ってみた。そして鹿のそばに行くと鹿の方からぐいぐい寄ってきた。


「うわっ」


 鹿せんべいを手にした光輝はあっという間に鹿の群れに囲まれた。思わずせんべいを全て投げてしまう。


「あはは、大人気だね」


 春花は思わず笑って言った。


「せんべい持っているだけですごい寄ってくるな……」

「でも、かわいい」


 春花は地面で休んでいる鹿を優しく撫でながら言った。鹿と元気いっぱいに戯れている英莉香とは対照的だな、と光輝は思った。


「……」


 光輝は春花が自分に本当に怒っていないのか気になっていた。今こうして普通に話していたが、むしろ好意的だと思っていた。


「なあ、春日井――」

「なあに?」

「……俺が学校に来て、嫌だと思わなかったのか?」

「えっ?」

「その……一年の時――」

「あ、うん……」


 春花は少し気まずそうにうつむいたが、


「それより私は……青天目くんが学校に来なくなってしまったことの方が心配だった。あの時は……」

「……」

「けど――私は嫌だなんて思ってないよ。むしろ……来てくれてほっとした」

「そう……か」

「それに、今はもうあの時のことそこまで深く考えている人もあまりいないと思う」

「……けど、城ヶ崎は今でも怒っているな。というより、俺を徹底的に嫌っている感じだ。いや――俺に原因があるのはわかっているけどさ」


 春花が何かを言いかけたので光輝はすぐに付け足した。


「恵は……実行委員だったから色々あったんだと思う」

「……」


 それとなく微妙な空気が流れたところで英莉香たちが「どうしたんだ?」とやってきたので二人は気を取り直して何でもないという風に言った。

 続いて光輝たちは唐大寺の中に入った。ひと際人が集まっているのが柱のくぐり穴である。柱の穴をくぐり抜けたり抜けられなかったりする度に歓声が起こって賑やかだった。


「光輝、ちゃんと撮っておいてくれよな」


 英莉香はそう言うと光輝にスマートフォンを渡した。

 やがて英莉香の出番となると光輝は彼女のスマートフォンで撮影を始めた。当然のことだったが、体の小さい彼女はすんなりと柱の穴をすり抜けた。


「さすが、コンパクトだな」

「なんだ? 小さいからって馬鹿にしているだろ。光輝もやってみなよ!」

「俺は、いいから」


 それに、みんなに注目されている中でやれる勇気は光輝にはなかった。



 ◇ ◇ ◇



 初日の観光を存分に楽しんだ後、郷都の宿泊先ホテルへと移動した。


「俺たちの部屋は六〇一号室」


 伸一が配られた部屋割り表を見ながら言った。荷物を持って移動して部屋に入った。


「さてと、この後は風呂入って飯か」


 純がベッドにあおむけに倒れながら言った。


「明日は一日京都の自由行動だな。光輝、駅の近くにゲーセンがあるみたいなんだ。行ってみようぜ」

「よし、明日帰り際に行くか」

「お前ら本当ゲーマーだよな……」


 伸一が少し呆れて言った。

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