第三話 三者面談
修学旅行のことを考えていると期末試験はあっという間にやってきた。
けれども光輝は(英語限定だが)英莉香という〝良きライバル〟がいてくれたおかげで中間試験以来、勉強をするペースをつかんできていた。
とはいえ、全部が全部順調というわけでもなかったが。
「今回は私の勝ちだったようだな」
期末試験の英語の結果が返ってきて、英莉香は高らかに言った。
「くそお……」
光輝は悔しそうに言った。英語で負けてしまっては英莉香に何も勝てる要素が無くなってしまう。けど、今回は平均点を超えたのだ。そのことが幾分光輝の救いとなっていた。
それに、今回はちゃんと苦手な数学と理科も勉強していた(得点はともに平均点以下だったが)。
光砂の言う通り、光輝は元々勉強が極端に不得意というわけでもなかったので、勉強すればちゃんとできるのだということを証明するかのように、国語や社会に関しても平均点は超えるようになっていた。
「なあ光輝、今日打ちに行かないか? それにあの店の天丼も久しぶりに食べに行きたいからな」
帰りのホームルームの時に英莉香が光輝の元にやってきて言った。
「よっしゃ、行くか」
光砂には予想通り「試験が終わったからって……」と軽く小言は言われたが、こんな時くらいは息抜きをした方が効果的なんだと二人はビリヤード場へ乗り出した。
試験明けの遊びはやっぱり楽しい。英莉香も思い切ったショットで互いにゲームを楽しんだ。
「やっぱり息抜きは大切だな」
ビリヤードの後、天丼の店に入って遅い昼食をとりながら英莉香が言った。
「そうだな。光砂はあまりいい顔しなかったけど」
「光砂らしいじゃないか」
英莉香はいたずら好きな小学生のようにククッと笑って言った。
「しかし問題は三者面談、だ」
光輝はどこの高校に進むかまだ決めていなかった。それとなく自分の学力が見えてきているので多少の目星はつけていたが。
「そうだったな。早く決めてくれよな」
「は?」
「ほら、私は光輝と同じ学校に行くって言ったじゃないか」
「お前な……そんなのは無理に決まっているじゃないか」
「どうしてだ?」
「レベルが違いすぎるだろうが。それに、お前は理系だしな」
「ふむ、そうかもしれん」
英莉香はわざとらしく腕を組みながら言った。――本気なのか冗談なのかわからない。
「けど、私は高校に入っても光輝とビリヤードしたり、遊んだりしたいぞ?」
今度はニッコリとして言った。光輝は思わずドキッとしてしまう。
「い、家が近いんだから別にできるだろ……そのくらい」
「それもそうかな。まあ、さすがに私もどこに進むかとか、考えてはいるんだ。光砂がいい加減早く決めろって言うしな」
「……ハハ」
光輝はなんだか光砂が自分たちの保護者のような感じがしてきた。
「で、どこにするんだ?」
「お? やっぱり気になるんだな?」
「べ、別に――」
「まだ具体的には確定していないんだが、やっぱり光輝たちの言う通り、私は理系コースのある学校にしようと思って。いずれにしても英語からは逃れられないけど、理数科ならそっちの方に点数の比重を高くしてくれることが多いだろ?」
「なるほど」
「ただ光輝にとっては少し不安になってしまうかもしれないがな」
「なんで?」
「ほら、理系って圧倒的に男子が多いだろ? 私が誰かに浮気するんじゃないかと光輝が心配するんじゃないかって」
光輝は思わずむせそうになった。
「なんだよ、浮気って」
「動揺したか?」
英莉香がニヤリとして言った。――こいつ、完全にからかってやがる。
「まあ……確かに理系は男が多いな。なんでかは知らないけど」
「親もそっちに進みなさいって言うし、そんな感じ」
「そうか……」
「光輝は何か言われたか?」
「俺はとにかく高校に入れればそれでいい、って感じで。そもそもウチには超優秀な妹様がいるしな」
光輝は頭の後ろに両手を組みながら言った――そう、自分にとっても高校に入ることが第一の目標だ。新しい自分として再スタートを切るために――
◇ ◇ ◇
三者面談の日になった。先に光砂の面談を終えてきた光輝の母親は「問題はアンタね。下手なことは言わないこと」としっかり釘を刺していた。
言われなくてもわかってる――光輝は心の中でつぶやいた。そもそも担任の佐倉田が苦手だったし、光輝はとにかくどこかの高校に入れればいいんだというスタンスだ。
やがて光輝の順番がやってきたので母親と共に教室の中に入った。
話の中心はやはり光輝が長期間学校に行かなかったことだった。光輝は覚悟はしていたが、意外にも佐倉田は光輝を責めるようなことは一切言わなかった。むしろ今年になって学校に来れるようになったことをずっと褒めていた。そして定期考査の結果を母親と共に見ながらずいぶん努力をしているとも伝えた。
(おかしい。罠じゃないだろうか)
光輝は疑心暗鬼になっていた――あまりに褒めすぎている。
何故なら、一年生のころ不登校のきっかけとなった学園祭準備の時に、光輝は佐倉田にものすごい剣幕で怒られ、光輝はそれに猛烈に反発して学校から逃げ出したのだ。
「青天目?」
いつの間にか自分のことを呼ばれて光輝は思わずはっとして顔を上げた。
「高校に進学する意思はあるんだな?」
「……はい、一応」
「先生、こんな子でも高校に行くことはできるんでしょうか……成績のこともありますが、長期間休んでいたのもあるので……」
「都立私立共に内申書を提出するのは原則三年次の物です。光輝君は三年生になってからは学校に来ているので、このままのペースであれば出席日数に関しては全く問題ないでしょう。遅刻もありません」
「そうですか。良かったわ光輝、ターニャちゃんに感謝しないとね」
「う、うるさいな……」
「ただ、勉強の遅れについては少し厳しい部分があるところは否めません。何せ、二年生の授業をほとんど受けていませんから」
光輝にとってもそこが問題だった。塾に通ったり、補習授業を受けたりはしているものの、同時に三年生の授業も受けているのでどうしても能力のキャパシティには限界があるのだ。
「しかし光輝君は元々勉強ができなかったわけではありません。やっていないだけなんです。ですから、充分に取り返せるはずです」
同じようなことを以前、英莉香も言っていたことを光輝は思い出した。
「ですから夏休み、ぜひとも努力してほしいと思っています――青天目、せっかく今ここまでできたんだ。お前ならできる」
佐倉田は光輝を見据えて言った。
「……はあ」
「コラ」
母親が光輝の頭をコツン、と小突いた。
「せっかく先生が光輝のことをできるって言ってくれてるんでしょ!」
「わ、わかってるよ――わかりました」
面談が終了して教室を出た。
「光輝、先生の言う通りよ。せっかくここまでできたんだから頑張りなさい」
「わかってるよ。けど、過度な期待はしないでくれよな」
光輝は母親に釘を刺しておいた。
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