第二話 緊張の班決め

 翌日、光輝は学校に行きたくなかった。昨日の恵の件もあったし、修学旅行の班決めをするホームルームの時間が来るのも怖かった。

 しかし英莉香や光砂はそんな光輝の気も知らず、いつも通り彼を学校へ引きずっていった。


「修学旅行が楽しみだ。早く七月にならないかな」


 光輝は自分と対極の位置にいる英莉香が羨ましかった。


「光輝、同じ班になれるといいな」

「同じ? 男女で分れるだろ」

「自由行動班だよ」

「ああ……なるほど」


 自由行動は男女一緒なのか、と光輝は思ったが半ば他人事だった。もしその自由行動班の中に城ヶ崎がいたらなおさらお楽しみだ……光輝は半ばヤケになってそんなことすら考えていた。

 その日、光輝はずっと修学旅行の班決めについて悩んでいた。誰からも誘われないパターンを常に想定し、もしそうなったら修学旅行には行かないことも覚悟することにした。

 それは事実上、せっかく再開した学校への登校も断念する意味合いも含まれていた。


(最悪、自習と塾とテスト。それで済む)


 それはそれで気楽かもしれなかった。通い始めた塾も個別指導の方が光輝には合っている気がしたし、集中もできているのだ。



 ◇ ◇ ◇



 やがて六時間目のロングホームルームの時間となった。担任の佐倉田が修学旅行の概要について説明をし、やがて光輝にとって悪魔の宣告とも言える班決めをするように言った。

 みんなが席を立ち始めてワイワイと動き始める。

 光輝は席に座ったまま自分の存在そのものの気配を消そうと努め始めた。結局ロングホームルームの前まで誰からも誘われなかったのでもう腹を決めていたのだ。


「青天目、同じ班になろうぜ」


 そう光輝にとって救いの声をかけたのは純だった。光輝は信じられないように顔を上げると純と伸一が一緒にいる。


「お、俺……? いいのか?」

「三人か四人で一班だからちょうどいいかなと思って」


 光輝にとって純は救いの女神に思えた。いや、実際女神だった。光輝の中でベストなメンバーだった。

 幸運だったのは伸一と純が同じ部活で友達だったのもあり、共に光輝とも仲が良かったことだった。

 途端にさっきまでの陰鬱な状態から解放され、光輝は救われた気分になった。しかも、外の自由行動班においては班ごとのくじ引きではあったが、英莉香と同じ班になることもできた。


(全てが上手くいっている――できすぎじゃないか?)


 ただ、光輝にとっては英莉香と同じ班になることよりも恵と同じ班にならなかったことの方が嬉しかった。



 ◇ ◇ ◇



「光輝、同じ班になれたな!」


 学校からの帰り、英莉香が嬉しそうに言った。


「ああ……俺もターニャと同じ班になりたかったよ」


 光輝がそう言うと英莉香は思わずドキッとした。光輝は恵と同じ班にならずに済んだことの安堵感で言ったつもりだったが、英莉香は初めて光輝がそんな風に言ってくれたことで思わず驚いた。


(けど、本当に伸一たちが俺を誘ってくれたことが一番救われたな……)


 もし彼らが自分を同じ班に誘ってくれなければ、きっと現在とは真逆の方向に事が進んでいたはずだった。そう考えると事の重大さがとてもよくわかった。


「あーあ、いいな光輝は。ターニャと同じ班で」


 光砂が羨ましそうに言う。


「そういえば、ターニャの班って他に誰だったっけ?」


 光輝にとっては恵が一緒じゃなかった時点で半ば問題ないかなと思っていた。


「みやびと結希、それとハルハルだ」

「ハルハルって……春日井かすがいのことか?」

「そうだ」


 春日井――春日井春花はるかとは、光輝たちと同じ小学校出身で小学校時代もある程度仲が良かった。

 しかし、同時に〝元A組〟の生徒でもあった。


(……)


 光輝は記憶を巡らした。割と大人しめな女の子で、恵とは仲が良かった。というか、恵についてきている感じだった。


(城ヶ崎とは同じ班じゃないのか)


 一年も経てば何か変わるのかもしれなかったし、たまたまだったかもしれない。

 ただ、春花が〝元A組〟の生徒であることが光輝の中で引っかかっていた。にも当然現場にいたのだから――



 ◇ ◇ ◇



 次のロングホームルームの時には修学旅行のしおりが配られた。行き先は郷都きょうと。自由行動は二日目の午後からとなっていた。とりあえず今回はどこに行くかなどを話し合い、詳細な点については次回までに決めておくこととなった。

 光輝たちは英莉香のところに集まった。英莉香は貸し出された郷都観光ガイドの雑誌を開きながら「ここに行きたいな」とか色々みんなに提案していた。

 光輝は無事に修学旅行の班が決められたことで充分ほっとしていたので、行き先は適当に任せておくことにした。


「青天目くん、なんだか久しぶりだね。こうして一緒の班になるの」

「えっ? あ、そうだな――」


 英莉香がみんなとあれこれ話していると春花に話しかけられたので光輝は驚いた。

 まさか向こうから話しかけてくるなんて――〝元A組〟なのに。


「去年も同じクラスだったのに、ほとんど来なかったから――なんだかんだで三年間一緒のクラスだったけど」

「ああ……うん」


 あまり過去のことはほじくり返されたくなかったが、未だ春花が自分に話しかけた意図がつかめなかったので光輝は慎重に対応した。何せ、今でも恵と繋がっている可能性が高いからだ。

 そんなことを考えていると、横から英莉香が訊いてきた。


「おい光輝、聞いているのか? 参千院さんぜんいん一本勝負か、素直に郷都駅付近エリアか」

「なんだよ、一本勝負って」

「参千院は遠いんだ。でもせっかくだから行ってみたい気もする」

「俺は別にどっちでも……」

「何だよ。男ならバシッと決めろよな。ハルハルは?」

「え、えーと……そうね。私は……」


 春花がまた別の提案をすると、うーんと再び英莉香はうなりながらあれこれまた伸一たちと話し合っていた。

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