第三章 修学旅行

第一話 現実に引き戻される自分

 中間テストが終わってほっとしたのもつかの間、光輝は現実に引き戻されることとなった。来月の期末テストの後にあるのは三者面談だけではなかった。

 中学生活最大のイベントともいえる、修学旅行が待ち構えているのだ。帰りのホームルームの時、担任の佐倉田が修学旅行の話をしていた。


(マズイ。二年の時は学校休んでたからイベント事は回避できたけど)


 今となっては登校し始めたことが逆にあだとなっていた。

 二泊三日、クラスのみんなでずっと一緒に過ごす――未だにごく一部のクラスメートとしか会話していない自分がその中にとけこめるとは全く思わなかったし、考えるだけで光輝は非常に憂鬱な気分になった。


(やべえ……班決めなんてことになったら、ボッチ確定。いや、伸一か純が拾ってくれればまだ救いはあるかもしれないが、もし……)


 周りが仲の良い友達と組み始める中、取り残される自分――光輝は想像しただけで胃がよじれそうだった――こんな残酷なやり方を学校は許容していいのか。

 もちろんクラスの中にも光輝と同じように友達とほとんど絡めない一人でいる生徒も何人かいた。当然光輝は話したこともないし、組まされたところでちっとも楽しくないとわかっていた。


(……やめようか、修学旅行)


 光輝の中でほとんど決めかけていた。もし伸一や純に誘われなければ行かない――本気でそんなことを考えていた。


(別にその後学校に行かなくても家で勉強して、補習と試験だけ来ればそれなりに……)


 せっかく学校に来れるようになったのに、修学旅行でまた逆戻りになる。


(本当クズだよな、俺って。都合が悪くなったらこんな風に逃げる)


 かといって自分から伸一たちに仲間に入れてくれないかと頼むのもこっちの立場を見透かされそうな気がしてできそうになかった。光輝の中の変なプライドが邪魔していた。

 特に有効な案が思い浮かばないまま、いつの間にかホームルームが終わっていた。班決めは明日のロングホームルームで行うらしかったが、光輝にとっては半ば死刑宣告のようなものだった。


(今なら間に合うかもしれない。伸一に一言声をかけるだけでいいんだ。班、一緒にならないかって──)


 けれども動こうとしたが動けなかった。勇気が出なかった。結局何もできずにカバンを持って席を立った。


(ターニャなんかは周りからひっぱりだこなんだろうな)


 そんなことを思いながら教室を出ようとしたら誰かとぶつかった。


「キャッ」

「っと――」


 相手を見ると光輝の天敵である恵だった。部活に行こうとして忘れ物を取りに来たようだった。光輝は一瞬ひるんだが、一応謝ろうとした。


「ご、ごめ――」


 光輝がそう言いかけている途中で恵は無言で光輝の脇を抜けて中に入っていった。


(ぐっ……!)


 光輝は唇を噛んで振り返らずに教室を出て早足で歩いて行った。


(本当に、嫌な女だ!)


 あからさまに無視された怒りと、一瞬でも謝ろうとした自分を無視された屈辱が沸き上がり、光輝の心は荒んだ。


(くそっ!)


 半ば乱暴に靴を地面に投げつけると上履きから履き替えてまた早足で校舎を出る。

 極力恵の存在はなかったことにして触れてこなかったが、またも現実に引き戻された気がした。

 しばらく怒りに任せて歩いていたが、やがてそれは何かにおびえるような気持ちに近いものになった。

 何故なら、立場的に不利なのは自分だからだ。自分が嫌われていることをはっきりと態度で示されたショックと、その原因が自分であることが逃れようのない事実なのだ。


(……)


 今は心がえぐられる気分だった。半ばトラウマのような心地がしていた。


(……やっぱり、学校に来るのは無理があったんじゃないか?)


 光輝は家に帰ると、ベッドにすぐに横になってしまった。

 窓の外に見える空は今にも雨が降りそうな感じで、どんよりと曇っていた。

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