第三話 良き競争相手

 中間テストの日はあっという間にやってきた。数学や理科などの過去の知識の応用も必須な体系的な科目は悲観的だったが、国語や社会に関してはそこまで苦しまずに済んだ。

 光輝の中では今回の中間テストは「とりあえず」的な位置づけだった。何せ学校が始まってまだ一ヶ月半しか経っていないし、実力テストでもう自分の学力はよくわかった。それに、自分は一年以上ぶりに学校に復帰したばかりだからと開き直っていた。


(それに、英語に関してはいい競争相手がいるしな)


 光輝はあたかも自分の方ができると言わんばかりに英莉香の方を見て少し優越感に浸っていた。

 今回は英語に関してだけ英莉香と勝負することにしていた。実力テストの得点ではもちろん負けていたが、差もそこまでではなかった(光砂曰く『どんぐりの背比べ』程度の誤差だったが)。

 もちろん一年生と二年生の積み重ねが全くない光輝にとっても鬼門ではあったが、英莉香の存在はある種のモチベーションにもつながった。


「いよいよ明日だな。わかっているな?」


 初日の試験が終わったところで英莉香が光輝の席にやって来て言った。


「この俺に勝負を挑んできたことを後悔しないようにな」

「なんだよ、お前ら勝負してんの?」


 伸一もやってきた。


「タチアナ先生〝大得意〟の英語で勝負するのさ」

「ああ……英語ね」


 伸一は英莉香を見て言った。


「あ、今お前も私のことを馬鹿にしただろ」

「そんなこと、ないって」


 伸一は慌てて手を振りながら言ったが、どうやら英莉香の英語嫌いはみんなに浸透しているようだった。


「ターニャ」


 教室の扉から光砂が声をかけてきた。


「ああ。行こうか。ほれ、帰るぞ光輝」

「俺はゆっくり帰るから」


 英莉香は「じゃあな」と言って光砂の元に行った。


「明日は英語と理科か。理科は捨てるから英語に専念できるな」

「いいのか?」

「いいんだよ。まぁ、成績が重要なのは二学期だし。とは言っても俺が今からどうこうできる感じでもないしな。周りはもっと勉強しているだろうし。開き直りでいくよ」

「いいな、そういう考え」

「俺みたいにどん底になればできるんだよ」


 すると他の友達が伸一に帰ろうと声をかけていた。


「光輝、帰ろうぜ」


 伸一は言ったが、光輝は思わず視線をそらして「いや、俺はちょっとやることあるから……先に帰ってくれ」と言った。


(……)


 未だに英莉香や伸一以外のクラスメートとはなじめない。いや、光輝がなじもうとしなかった。なんだかんだ言いつつも不登校明けのリハビリははかどっていないままだった。

 登校していなかったという後ろめたさのようなものが未だに光輝の心を引きずっていて、仮に仲良くしたところで陰では自分のことを調子に乗っているのではないのかと思われるような気がしていた。

 それに、この間のトイレの中で聞いた会話も未だ光輝の心に暗い影を落としていた。



 ◇ ◇ ◇



 中間テスト二日目。英語と理科だった。今朝は光輝と英莉香で無駄に張り合っていた。

 付け焼刃ではあったが光輝は今回の英語には自信があったし、英莉香に一科目でも勝てたら、という思いだった。というか、英語しかほとんど勉強していなかった。

 ちなみに恥を忍んで光砂に英語のノートを貸してもらったが、光砂のノートは教科書の英文の写しと翻訳のみで、必要最小限のメモくらいしか書いておらず、ついでに全て筆記体だったので光輝にとってはあまり役に立たなかった。


(ふう)


 光輝は試験終了の合図でシャープペンを置いた。

 多分、できた気がした。もちろん他の連中に比べたら大したことのない出来栄えだろうけども、一年以上ぶりの試験という意味では善戦だったはずだ。回答も全て埋めることはできた。

 英莉香の方を見てみると、彼女もこちらを見ていた。英莉香はニヤッとした。どうやら彼女も自信はあるらしい。

 なんにせよ試験が終わって解放感があるのは確かだった。

 今になって振り返ると今の自分が少し信じられないような感じだった。少し前までは学校に行かず午前中は何となく家で過ごして、午後になるとゲームセンターに行ったり、ビリヤードをしたり勝手気ままな生活。

 それが今じゃこうして勉強して試験まで受けている。以前の自分からしたらとても想像できなかった。


(……ま、後は学校生活ってやつを謳歌するのが次のステップなんだろうな)


 そのハードルはやはり高そうだった。

 けど、暴論ではあるがこの一年さえ乗り切れば〝リセット〟して高校から〝リスタート〟することもできるはずだ――


「どうやらお互いに手ごたえはあったようだな」


 いつの間にか英莉香が光輝の席に来ていた。


「そのようだな。結果が楽しみだ」

「私もだ。英語試験の結果が楽しみというのは人生で初めてのことだ」


 光輝は英莉香がスポーツバッグを持っているのに気付いた。


「今日から早速部活なのか」

「ああ、そうだ」

「なるほど、英語のことしか頭になかったから今朝も気付かなかったよ」


 すると昨日と同じく光砂もやってきた。英莉香と光砂は同じ水泳部だった。


「ターニャ、お昼にしましょ」

「そうだな」


 光輝も帰る支度をして、久しぶりのビリヤードにでも行くか、と席を立った。

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