第五話 光輝改造計画

「人間何かしら一つくらいは取り柄があるものね。良かったわね、光輝」


 三人はビリヤードの後、隣にある古い天丼の店にいた。


「あーそうだな。所詮俺はビリヤードしか取り柄がないからな」

「光砂に褒められて良かったじゃないか」

「こうしてビリヤード打って、この店の天丼食って、ゲーセンに通える毎日が続いたらいいんだけどな」

「クズの思考ね」


 光砂は辛辣に言った。


「というか、今までそうしてきたんでしょ」

「私は好きだけどな、この店」


 英莉香が店内を見回して言う。


「そういうことを言っているんじゃなくて。本当に補習だけでどうにかなるとか思ってるいんじゃないでしょうね。アンタ、人の二倍――いえ三倍は勉強しないと追いつけないのよ」

「どこかしらに引っかかるようにはするよ」


 光輝は海老天のしっぽを食べながら言った。


「あのねえ……」

「まあまあ光砂。そもそも光輝は元々勉強ができないわけじゃないだろ。ただやっていないだけなんだ」

「さすが同志ターニャ。わかっているじゃないか」

「……ふうん。そ。じゃあ中間の結果が楽しみだわ」


 光砂は冷たい視線で光輝を見ながら言った。



 ◇ ◇ ◇



 家に帰ると母親が塾のパンフレットを何冊かテーブルの上に置いて待ち構えていた。せっかく息子が学校に行きはじめたのをまたとないチャンスと見て、気が変わらないうちに決めてしまおうと意気込んでいた。


「やっぱり個別指導がいいんじゃないかしらと思うのよ」

「へえーいいんじゃない? 周回遅れの光輝の場合は一対一でみっちり教えてもらった方がいいしね」


 光砂もパンフレットを見ながら言った。


「おい、勝手に話を進めるなよ」

「進めるも何も、もう受験生としてはスタートを切っているのよ? それにさっき言ってたじゃない。『俺は勉強はできるからすぐ取り返せる』って」

「違う。俺はただやっていないだけでできないわけじゃない、って言ったんだ」

「はいはい。光輝、個別指導の塾にしようか? 早速今日行くわよ」

「えっ、今日? これから?」


 結局光輝は帰ってきてすぐにまた家を出る羽目になった。



 ◇ ◇ ◇



「へえ、塾に通うのか。それはいいな」


 休み明けの月曜日、光輝から塾に行く話を聞いた英莉香が感心して言った。


「光輝改造計画始動、ってことだな」

「改造っていうより、修理ね。直せるかわからないけど」


 光砂が修正した。

 改造計画はともかくとして光輝にとって問題なのは、やはりまず勉強よりも学校生活の方だった。

 光砂は当然として、ターニャや伸一の前では素の自分でいられるが、教室に入ると途端に自己防衛本能というか、自分の周りに見えないシールドを張り巡らしてしまう。

 一年生の時に起こした、普通に明るく過ごしていた小学校までの自分と今の自分の姿のギャップ、そして今でも〝元A組〟の恵を中心とするメンバーとの気まずさが光輝を過剰な守りにはしらせていた。

 正直なところ主に問題になるのは恵を中心とした女子グループの一角であって、それ以外の生徒や〝元A組〟の男子生徒からはそこまで恨まれていないだろうと勝手に光輝は考えていた。

 事実、このクラスの〝元A組〟の男子は光輝に対して何か嫌がらせをしたり、何かを言うことはなかった。

 ただ、その事件において確実に言えることは非が全て自分にあることだったが、その件について自分が謝ることが屈辱的とすら考えていた。


(どうせ俺はクソみたいな人間だ。けど、今年が終わればこの学校ともおさらばだ。今を耐え忍べばいい。ひっそりと、のらりくらりとやり過ごすんだ)


 光輝は何度もそんなことを心の中でつぶやいていた。

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