第四話 補習授業

 土曜日。補習授業が行われる。今朝は光砂の姿はなく、英莉香と二人だけだった。


「そういえばターニャ、お前どこの高校に行きたいとか決めているのか?」

「なんだー? 私の志望校が気になるのか?」

「別にそういうわけじゃないけど……お前も結構成績いいんだろ?」

「実を言うと、まだ全く決めていないんだ」


 英莉香はアハハと笑いながら言った。


「そうなのか。まあまだ三年になったばかりだもんな」

「そうだな。じゃあ光輝と同じ高校にしようか」

「馬鹿か。俺に合わせたら底辺校確定じゃねーか。というか光砂に怒られるよ」

「なら、勉強頑張らないとな」


 英莉香はパシッと光輝の背中を叩いた。光輝はそれが脅迫ではないことを祈りつつ、学校に向かった。

 光輝は英莉香と廊下で別れると自分の受ける補習の教室へと向かった。教室の扉を開けると一斉にみんなが光輝を見る。


(ぐっ……いや、これは単に誰がこの教室にやってくるかわからないから気になっているだけだ)


 光輝はそう思い込みながら席はどうなっているのだろうと思った。

 黒板には来た順番に前の席から横方向に座っていくようにと書かれていた。ちょうど今は最前列の席が埋まったところだったので廊下側二列目に座る。

 何となく〝元A組〟の生徒を探してしまう。どうやらいないようだった。このクラスは最も基礎的なクラスなので勉強に自信のない生徒が集まる。

 とはいえ、光輝の存在はやはり異質だったようで、なんとなく前の列の生徒が光輝をもう一度見た。


(……人のことをジロジロ見るんじゃねえよ。鬱陶しい奴らだな)


 そんなことを毒づきながらもまあ当然か、と思った――この中で一番クソなのは自分だろうしな。

 光輝は学校に行くことだけが正義だとは思っていないが、少なくとも学校に通っている奴らは自分のように平日に家でこもっていたり、フラフラ出歩いてゲーセン通いなんかしていないと思った。

 それに、妹の光砂が学校で成績優秀の優良生徒だから余計に落差が目立っていた。

 ああ、あいつが青天目兄妹のダメな方か――心の中でそんなことを考えているに違いないと光輝は勘ぐっていた。



 ◇ ◇ ◇



 最初の補習授業が終わると光輝は思ったより悪くないかも、と思った。というか、補習授業だけでいいんじゃないかとすら思えてきた。


(どうせ普段の授業はわからないし、このクラスは人数少ないし、週一回通えばいいだけだし)


 補習授業なら土曜の一コマ二時間だけで済む。それに、見た感じ〝元A組〟の生徒もいない。今のクラスに通うのは多少慣れてきたとはいえ、通いたいという気にはならない。


もいることだし……)


 あいつ、とは当然恵のことだった。

 この間、恵が聞こえよがしに英莉香に対して『なんで青天目あんなのと一緒に学校に来ているわけ?』と言っていたのを聞いたこともある。


(本当、嫌な女だ)


 絶対に自分とは分かり合えなさそうな雰囲気を持っていた。

 恵のことを思い返して憂鬱な気分になったので、光輝はさっさと帰ることにした。


「……」


 教室を出てなんとなく、英莉香に何も言わずに勝手に帰ってしまってもいいだろうかと考えたが、そもそも彼女が自分に付き合っているのがおかしいことだし、友達と一緒に帰るだろうと思い光輝は一人で帰ることにした。


(帰ったら打ちに行くかな……)


 そんなことを考えていると金髪の女の子が自分の名前を呼んで走ってやってきた。


「なんで先に帰るんだよ」

「別に……帰りまで一緒じゃなくてもいいだろ」

「普通は一緒に学校に行ったら帰りも一緒じゃん? それに、この後打ちに行くんだろ? 行こうか」


 英莉香はキューを突く仕草をしながら言った。――こいつ、俺の行動パターンがわかってやがる。


「……そうだな、行かないこともないが」


 光輝は仕方なくという感じで言った。

 けど実際は違う。この間一緒に行った時もそうだったが、内心は嬉しかった。たまに英莉香と打つことはあったが、基本的にはいつも独りでしか打つことはできないのだ。


「そこは『ターニャと一緒にデートができるなんて嬉しい』、だろ?」

「お前な……」



 ◇ ◇ ◇



 光輝は一旦家に戻ると出かける準備をした。


「どこかに行くの?」


 光輝が部屋を出たところで光砂が訊いた。


「ああ。ターニャと一緒にビリヤード打ちに」

「……そう。補習はどうだったの?」

「俺、わかったんだけどさ」


 光輝は改まって言った。


「ひょっとして補習だけ学校に行けばいいんじゃね? とか思うんだ――いや、最後まで聞いてくれ」


 光砂が口を開きかけたところで光輝は手で制するように続けた。


「ほら、どうせ今の授業聞いたってわからないんだし、それなら授業出てるだけ無駄だし」


 光輝はもっともらしく言ったが、光砂は呆れたようにため息をついて、


「どうせアンタはその授業に出ない間はこれまでと同じように家でゴロゴロしたり、ゲーセンに行ったりするだけでしょ? というか、本当に自分が家でしっかり勉強をすると思っているの?」


 光砂は鋭いところを突いた。


「……とにかく、補習は受ける」


 それだけ言うとキューケースを肩にかけ直して行こうとした。


「ちょっと待って」

「なんだよ?」

「私も行く」

「は?」

「ターニャが来るんでしょ?」

「そうだけど、お前ビリヤードなんかやらないじゃないか」

「いいから。ちょっと待ってなさいよ――」


 光砂はすぐに部屋に戻った。

 結局光砂も一緒に行くことになり、英莉香と三人でいつものビリヤードの店に向かった。


「なんだ、光砂もビリヤードを習うことにしたのか」


 英莉香は光砂を見て言った。


「違うわ。私はただ勉強の息抜きをしようと思って」


 ビリヤードの店に入り、光砂の分だけキューを借りることにした。


「ターニャ、軽く教えてよ」

「ふむ。タチアナ先生が手取り足取り教えてやろう」

「足はいいだろ……」


 英莉香は光砂に寄り添ってキューの撞き方などをレクチャーしていた。その間光輝は適当に一人で練習している。すると、光輝の顔見知りの常連客が声をかけた。


「あれ? 今日はまた別の彼女と同伴なのか?」

「ユウさん――違いますよ。俺の妹です。何ですか、『別の彼女』って」

「妹がいたのか。知らなかった」


 そんなことを話しているうちに「光輝、やろうか」と英莉香が言ったので、ゲームを始めることにした。

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