第三話 元A組の生徒
結局次の日も英莉香は家にやってきて、光輝が出てくるのを待っていた。光輝は光砂に布団を引っ剥がされ、強制的に起こされた。
「七時四十五分。早く着替えなさい。朝ごはんはターニャを待たせてるから五分以内で。じゃ」
制服姿の光砂はそれだけ機械的に言うと部屋を出ていった。
「……」
光輝がのろのろとベッドから起き上がるとまたドアが開いた。
「まだ何かあるのかよ――って、ターニャ?!」
光輝はビックリして思わず飛びのいた。
「光砂に許可をもらって中に入れてもらった」
「あ、あのな――」
「ふむふむ、光輝の部屋か。久しぶりに見るが、意外と片付いているじゃないか」
英莉香は部屋の中を見回しながら言った。
「もう五十分になるぞ。早く着替えなよ」
「ならお前が部屋から出てけよ!」
光輝は英莉香を部屋の外に押し出した。慌てて着替えて部屋を出て下に降りると「朝ごはんは食べないのか?」と彼女が訊いてきた。
「いいよ、時間ないし」
「ダメだ」
「は?」
「せっかく光輝のお母さんが作ってくれたんだろ。それに朝食は一日の中で一番大切なんだぞ」
「あのな……」
「ほら、光砂も言ってた。五分以内なら間に合う」
英莉香は時計を指しながら言った。八時三分をさしていた。
「お前は先に行ってろよ」
「大丈夫、私も道連れだ」
「……」
光輝は毒づきながら適当に朝食をつまんで口の中に詰め込むと、英莉香と家を出て少し早足気味に学校へ向かう。光砂はすでに学校に行っている。
「そもそもお前、いつもは光砂と一緒に学校に行っているんじゃないのか?」
「そうだけど?」
「だったら光砂と行けばいいだろうが」
「私には光輝を学校に連れていく使命があるからな」
「なんだよその使命って。果たさないと死ぬ呪いにでもかかっているのか?」
「言ったろ? 約束したって」
二人は門が閉まる前になんとか学校へと滑り込んだ。
◇ ◇ ◇
(結局、今日も来てしまった)
けど、昨日のように極度の緊張はなかった。それでもまだ少しは緊張していたが、精神的にはだいぶましになった気がしていた。
教室に入ると、やはりクラスのみんなが光輝を見た。
(っつーか、俺に注目しているというより多分……)
光輝は隣の英莉香に目をやった。彼女は自分の席に向かいながらみんなに「おはよう!」とあいさつをしている。
(俺なんかと一緒に登校していることが変だって思われているんじゃないか? きっとそうだ)
光輝が見る限り英莉香はクラスのみんなから好かれている。そのことは光砂からもよく聞いていた。
(けどあいつ、俺が学校行かないと待ち伏せするからな……要は俺が学校に来ると安心させりゃいいのか?)
昨日よりはましとはいえ、未だに周りの自分への視線に対する不信感はぬぐえなかった――特に、〝元A組〟の生徒に対しては。
光輝はクラス名簿表に目を通した。やはり十人近くは〝元A組〟の生徒である。
(……)
一人ひとりの名前を見てどんな人物だったかを光輝は思い起こした。
その中で特に厄介そうなのが、『
(よりによってこいつか……)
恵は一年生の時の学園祭実行委員だった。
(思えば昨日、ターニャが俺にブラシを貸してくれようとしたとき横やりを入れてきたのもこの女だったな)
あの言い草からして今でも自分のことを目の敵にしているのだろう。
ふと恵の席の方を見る。彼女を見るだけであの当時の嫌な気持ちがこみ上げてくる。光輝はすぐに視線を戻した。
(きっと向こうも俺のことを嫌っているだろう)
光輝はため息をついた。ため息ばかりついていた。
「オッス光輝、今日も来れたな」
伸一が光輝の席にやってきた。光輝は「ターニャが」とだけ言った。
「なるほどね、新良木は本気でお前のことを学校に来させるようにしているんだな」
「何で急にあいつ……あ」
光輝は思い出したように言った。
「そういえば俺、補習受けなきゃいけないんだ」
「補習? 受験対策授業じゃなくて?」
「まあ、俺以外の奴らはそうだろうよ」
光輝はぶっきらぼうに言った。昨日のこれまでの学習のおさらいとは違い今日から通常授業が始まるが、きっとすぐについていけなくなるとわかっていた。
「そもそもは光砂のせいか……」
「青天目さんがなんだって?」
「いや、元々ターニャをけしかけたのは光砂だと。今年受験だからどうとか」
「まあ、あの二人は仲がいいからな」
「余計なことしやがって……」
光輝はまた毒づいた。
昨日の授業は二年生までのおさらいみたいなものだったので難なくやり過ごした。といっても、光輝は一年以上まともに登校していないので何がわからないのかわからなかった。何となく自分の考えが甘かったのかも、と思った。
(思えば二年生もほとんど授業受けてねえし、勉強もしてねえからな……)
光輝にとっては担任の佐倉田や光砂に受験だの勉強だのと言われるのは癪だったが、とりあえず今週から始まる補習の授業を受けてみようと思った。
◇ ◇ ◇
翌日の朝はノックもなしにいきなり布団を引っ剥がされた。
「起きる。朝ごはん食べる。着替える」
光砂はその三つの動詞だけ言って部屋を出ていった。
「……まだ七時半にもなってないじゃねえか」
光輝は不機嫌そうに起きると洗面所に行って顔を洗った。
「早く食べなさいよ。あと十五分以内に出るから」
「なんで今日はそんなに急いでいるんだよ」
「今日は、じゃない。今日から、なの」
「はあ?」
すると光砂は怒ったように光輝の前にツカツカとやってきて、
「アンタが家を出ないとターニャも学校に行けないの」
光砂はまた同じようなセリフを言った。
「だから、学校には行くって言っているじゃないか」
「昨日は置いていったけど、本当はいつも私がターニャと一緒に学校に行っているの! このままじゃずっとターニャと一緒に学校にいけないでしょ!」
とっくに朝食を済ませている光砂は腕を組みながら光輝が準備するのを急かした。
とんだとばっちりだ、と光輝は思いながら急いで朝食をとり、家を出る準備をした。まるで兄と妹が逆転しているようだったが、双子なのでそんなことはどうでもよかった。
家を出るともちろん英莉香が待っていた。
「おはよう、二人とも。今日は早いな。光砂も一緒か」
「こいつに叩き起こされたんだよ」
光輝は光砂を指して言った。
「二人だけで学校に行けばいいのに……」
「私には光輝を学校に連れていく使命があるからな」
英莉香は一昨日と全く同じセリフを言った。
けど、英莉香と二人きりだと目立つが、英莉香と光砂の二人にくっついている光砂の兄貴という構図なら目立たなくできるかもと光輝は思った。
ただ同時に、妹と妹の友達に引っ付いていく引きこもりの兄というような気がしないでもなかった。
(いや、きっとそうだろう。でもこの方がまだマシだ)
光輝は二人を見ながら少し後ろを歩いた。
(まあでも、元々は三人で学校に通っていたっけ)
小学校時代のころを思い出していた。低学年のころは光砂と二人で学校に通っていたが、三年生のころにはそれぞれ友達もいるし、別々で通い始めた。
けど、いつの間にかまた一緒に通っていた。英莉香がその中に入ったからだった。英莉香は二人の共通の仲の良い友達だった。
さすがに中学校に上がってからは一人で学校に行こうと思っていたが、結局英莉香が家に来るし、三人で通っていた。一年生のあの日までは――光輝は思い出しかけたところで考えるのをやめた。
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