第二話 意外な反応

 授業の終わりのチャイムが鳴る。その途端にどっと疲れが出て光輝は机に突っ伏した。


(緊張が続いたせいか。いや、本番はここからだ。今日から早速五時間目まで授業がある。休み時間の方がぼっちには辛い。みんなが楽しくおしゃべりをしている中で独りでいることの辛さは決してわかるまい)


 スマホは学校に持ってこられないし、やることもなく机の上で寝たふりをするしかない苦痛を味わう。ついでに給食ともなれば強制的に机を向かい合わせにさせられ、痛々しい視線を食らい続けなければならないのだ。

 四時間目が終わり給食の時間になると、仕方なく机を向かい合わせにした。

 さぞかし向かいの女子は俺が目の前で嫌だろう、と光輝は思った。


(せめて同じ班にターニャか伸一がいればよかったかもしれないが)


 給食の準備ができると光輝はさっさと自分の分を取りに行った。

 すると給食当番の英莉香が「登校記念だ」と言いながら光輝の焼きそばを山盛りにし始めた。


「おい、よせよ――」


 英莉香はニッコリして山盛りに盛った皿を光輝によこす。

 ――フザケルナ。公開処刑じゃないか、こんなの。

 光輝は恥ずかしさでいっぱいになりながら自分の席に運んだ。すると案の定、向かいの女子が笑って、


「青天目くん、それ、なあに?」

「これはターニャが勝手に――」


 隣の女子も笑う――くそ、ターニャの奴め。


「ねえ、青天目くんってずっと学校来ていなかったけどなんで?」

「なんでって……別に」


 光輝は目をそらしながら言った――こいつら、本当にデリカシーのかけらもないな。


「家に引きこもってるわけじゃないんでしょ? たまに外で見かけるし。ねえ、ビリヤードをやっているって?」

「え? あ、ああ」

「へえ、青天目ってビリヤードやるんだ」


 隣の男子も意外そうに言った。

 ――あれ? なんだ? みんな俺のことを訊いてくる。


「どのくらい打てるの?」

「小学校の時からやっていたから、それなりには……」

「そうなんだ。光砂から聞いてもさ、『光輝はいつも引きこもっている』って言っていたけどなんだかんだで外歩いているもんね」

「ゲーセン、行ってたろ?」

「まあ、ついでに」


 光輝はそう言いながら心の中で警戒した。


(いや、待て。これは罠だ。俺のやっていることって結局働けるのに何もしない無職と一緒じゃないか。結局こいつら、俺のことを馬鹿にしている)


「でもビリヤードって一人で練習ばかりじゃつまらなくない? やっている人もいないでしょ」

「あ、昨日ターニャと一緒にビリヤード行ってたよね?」


 もう一人別の女子が言った。昨日光輝が見かけた子の一人だった。


「そうなの? ターニャと仲がいいんだね。光砂と仲良しだからか」

「でもビリヤードできるってカッコ良くない? 今度見てみたい」

「いや、別に俺は」


(なんだろう。こいつら、思っていたよりも違う反応を見せてくるな)


「噂にしか聞いたことなかったからちょっと新鮮だよね青天目くんって。光砂の双子だし」


 一年生のころに自分と同じクラスでなくても、噂されているだろうと光輝にはわかっていた。何せ、あの学園祭の準備の時に――


「三年だし、これからは学校に来るでしょ? 受験もあるし」


 光輝はハッとして我に返った。


「あ……いや、わからないな」

「内申も関係してくるしなあ」

「そういや俺塾で……」


 どこかしら入ることはできるだろうと光輝は思っていたが、どうせならいい学校の方がいいだろうと思っていた。

 高校生になれば単純に光砂とは別の学校に通うことができるのでそこから人生仕切り直して再スタートだ、なんて軽く考えていた。というより、こんな自分が「青天目光砂の兄」と知られていることが光輝にとって非常に居心地が悪かった。

 何も努力しないで底辺の学校に通ったところでそれは楽しいのだろうか? けど光砂さえいなければ周りの視線を気にせず楽しめるはずだ――光輝はそう思い直した。



 ◇ ◇ ◇



 ようやく五時間目終了のチャイムが鳴ると光輝はため息をついた。ようやく今日が終わった――


「光輝、部活来ないのか?」


 再び伸一が誘ってきた。


「ああ、俺に構わず行ってくれ。俺は早く帰りたいんだ」

「そうか。気が向いたら来てくれよな」


 伸一が行った後、カバンに教科書などを詰め込んで席を立とうとした。

 すると英莉香がバン、と光輝の机の上に手を置いて、


「帰るのか?」

「それ以外に何かあるか?」

「ほら、佐倉田先生に呼ばれただろ?」

「あー……」


 そういえば、と光輝は思い出した――すっかり忘れてた。

 光輝は途端に憂鬱な気分になった。


「大変重要な用事を思い出させてくれてありがとう、タチアナ女史」


 光輝はまたため息をついて立ち上がり、職員室に向かうことにした。何故か英莉香も着いてくる。


「なんでお前も着いてきてんだよ」

「ほら、一緒に帰るだろ? だから」

「一緒にって……いつどこでそんなこと約束したんだよ」

「今だな」


 英莉香はまたニッコリして微笑んだ。

 職員室に到着すると光輝は中に入って佐倉田のところに向かった。何を言われるのだろうかと光輝は身構えた。


「来たか、青天目」


 すると佐倉田は何枚かの資料らしき用紙を見ながら、


「青天目、お前は高校に進学する意思はあるのか?」


 ――なんだ? お説教か?


「まあ……」

「ほとんど学校に来ていなかったから補習授業を受けるように勧める」


 佐倉田は光輝に何枚かのプリントを渡しながら言った。


「土曜の登校日に行うが、お前の学習進度がどのくらいか一度見る必要がある。家で勉強はしていたのか?」


 しているわけがない。絶対に越えられない壁(=光砂)を常に見せつけられ、比較されてきた俺がどうして勉強を自らしようと思うのだろうか――光輝は心の中で毒づいた。


「いいえ」

「……そうだろうな。まあいい。一年生と二年生のころの教科書は持っているのか?」

「多分」

「よし。じゃあ早速今週から始まるからな」


 光輝はどんよりとした雰囲気で職員室を出た。


「なんだ、お通夜みたいな顔して」


 英莉香は職員室の前で待っていた。何故か光砂も一緒にいる。


「なんでお前もいるんだ?」

「ターニャと一緒に帰るつもりだったの」

「で、話って何だったんだ?」

「……」


 光輝は黙って英莉香にプリントを見せた。


「ふむふむ。『受験生を対象にした対策授業のお知らせ』か。なるほど、確かに光輝には必要なことだな」

「余計なお世話だ」

「よし、頑張ろうな」

「俺はお前と違ってただの補習授業だろうよ」

「まあ、私は基本的に徹夜でどうにかしてしまうタイプだけどな」

「徹夜はいい加減やめなさいって言っているのに……とにかく」


 光砂は光輝に顔を向けた。


「補習、出なさいよ」

「知るかよ」


 光輝はプリントをカバンに突っ込んで歩き始めた。



 ◇ ◇ ◇



 家に帰ってきて光輝はベッドの上に突っ伏した。


(学校に行くことがこんなに疲れるものとは)


 光輝にとって久しぶりの学校は体力面というより精神面でハードだった。


(やっぱり緊張する。が、明日もターニャは来るだろう。いくら最後の一年だからってそこまでする価値、ないだろ)


 確かに小学生の頃から仲が良かったが、いつの間にか彼女は自分とは遠い立ち位置に存在していた。明るくてみんなに好かれていたし、何も仲が良いのは自分だけではない。

 そう思うとやっぱり自分は英莉香や光砂のようにはなれないし、隣に立つのも身分違いのようにも思えてきた。


(けど、思ったよりみんな普通に接してくれたな)


 その点は光輝にとって意外な点だった。絶対に自分のことは痛々しく思われていると思っていたからだ。


(いや――ウチの班の奴らは、〝元A組〟じゃないからな)


 〝元A組〟というのは、光輝が学校に行かなくなった一年生のころのクラスのことだった。彼らに何かされた、というより光輝がやらかした、といった方が正確だった。


(……ま、いいか。どうでも。行きたくなくなったら行かなきゃいいだけの話だ)


 光輝は天井を見つめながらそんなことを考えていた。

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