「寝ぼけ署長」山本周五郎

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「 このなかに、ひょいと、躓(つまず)いた人がいる、躓いただけで済んだ、怪我はしなかった、これに懲りて欲しい、これ以上は、云わなくとも、わかる筈だ、その人は、九日間、ずいぶん苦しんだ筈だから、・・・・・・そして皆さんも、どうかその人を捜さないで、頂きたい、誰だろうという疑いは、お互いを傷つけるばかりだ、躓いた者を援(たす)けてゆく、そういう気持ちで、今までどおり、なにも無かった積りで、明朗にやっていって下さい、人生は苦しいものだ、お互いの友情と、援け合う愛だけが、生きてゆく者のちからです 」


 出典:『 寝ぼけ署長 』山本周五郎 より

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 山本周五郎さんといえば大河ドラマになったことでも有名な「樅ノ木は残った」や「人情裏長屋」などの、心に沁みる人情の機微を描く時代小説で有名な作家ですが、この作品は山本周五郎さんには珍しい警察(探偵)小説です。


 五道三省( ごどう さんしょう )は署でも官舎でも、ぐうぐう寝てばかりなので“寝ぼけ署長”とあだ名されていました。

 そんな五道三省ですが、いよいよ他県への転任が決まると、署内からも世間からも別れを悲しみ留任を求める声が、わき起ります。


 その在任期間中の10件の事件が、署長の秘書のような役割をつとめていた“ 私 ”によって語られるのですが、罪を憎んで人を憎まず を信条とする“ 寝ぼけ署長 ”の事件解決方法は、この作者らしい人情味に溢れています。


 冒頭に引用した言葉も、静かに胸に迫ります。

 人生は苦しく、人は時に間違いを犯すものだけども、それを救い、その力になるのも、また人なのだということ。


 戦後間もない時代が舞台の小説ですが、温かい読後感は今、果てない砂漠のように乾ききったこの時代だからこそ読み返したくなるものです……。

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