「いそがなくてもいいんだよ」岸田衿子

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「 ゆっくり歩いて行けば

 明日には間に合わなくても

 来世の村に辿りつくだろう

 葉書を出し忘れたら 歩いて届けてもいい

 走っても 走っても オリイブ畑は つきないのだから

 いそがなくてもいいんだよ

 種をまく人のあるく速度で

 あるいてゆけばいい 」


 ***「 南の絵本 」より抜粋


 出典:『 いそがなくてもいいんだよ 』岸田衿子 より

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 今日も昨日に引き続き、童話屋詩文庫からご紹介です。

 茨木のり子さん、石垣りんさんと同じくらいわたしが好きなのが岸田衿子さん。


 ご存知の方も多いと思いますが、岸田衿子さんは女優の岸田今日子さんのお姉さんで、テレビアニメ「世界名作劇場」の「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」「あらいぐまラスカル」「赤毛のアン」の主題歌の作詞をされた方でもあります。


 童話作家でもあり、沢山の童話や絵本も書かれています。 実はわたしが岸田さんの詩を最初に読んだのは、この詩集でなのです。


「いそがなくてもいいんだよ」という題名に心惹かれてページを開くと、最初に小さな花の絵が描かれていました。

 挿絵は古矢一穂さんという方。繊細で優しい絵で詩の世界観にぴったりです。


 そして最初の詩が「南の絵本」 そっと寄り添うように書かれた言葉 “ 種をまく人のあるく速度であるいてゆけばいい ”は、心に沁みるようでした。


 そんな最初の出逢いから、何度この詩集を読み返してきたでしょうか。

 母が亡くなった後、ふと手に取って開いたのは「忘れた秋」という詩のページでした。 副題に“ 母 秋子(ときこ)に ”とあります。


 少し長くなりますが、ご紹介させてください。


   ◆


 「忘れた秋」

 ――母 秋子(ときこ)に

   

 どうしてあの人はここにいるのだろう

 私たちといっしょにこの夜明け 昨日より大きくなった月の下に 昨日と同じ寝床の上に


 なぜこの人はたった今

 息をしなくなったのだろう

 私たちがふと話やんだ時のように

 また昨日すやすや眠っていたように


 もうあなたは話してはいけないと

 誰がこの人に告げるのだろう

 きっと私たちより早く知りたいのに


 昨日よりもっと静かなこの人は どうしてまだここにいるのだろう

 私たちといっしょの月のいい晩に


   ◆


 ここには、ただ静寂があります。 涙を流す前の。 呆然として止まった時間の中に佇むような。

 昨日と今日の決定的な違いに“ どうして ”と作者は呟くのです。

 

 そしてこの詩集は以前に増して、わたしにとって忘れえぬ本になりました。

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