第16話 無事到着

 バタンと後部座席のドアが鳴った。いつ開けたのかは分からないが、どうやらドアが閉まった音のようだ。


 「代表、終了しました」


 甘い香りが車内を漂う。前部シートに座る仲田と金井が後ろを振り向くと、大きな人影と美しい夢子の笑顔が目に入った。


 「姉さん、今、ドアを閉めたかい?」


 「うん、閉めたわよ」


 「姉さん、いつ出て行ったんだ?」


 「あら二枚目部長さん、気が付かなかったの。私が外のゴミ処理に出ていったのが」


 運転席の金井と顔を見合わせてしまった。二人ともまったく気が付かなかった。


 ほんの5、6分前に道路いっぱいに盾として停められた何台かの車の陰で悲鳴が聞こえた。その後に何発かの銃声が響き、そして今は闇は静寂に包まれている。


 「姉さんゴミ処理って、もしかして奴らを片付けてきたってことかい?」


 「そうよ。あたしとこの子と二人でね」


 夢子の膝の上で寛ぐ小さな黒いかたまり、金色の目をした黒猫である。口の周りを舐める舌がドロリと紅く光っている。


 「この10分もない短時間で、奴らを何人殺ったんだい?」


 「11人いたから、ボスの1人を残して10人かな」


 「なぜボス1人を残したんだ?」


 「うちの代表の命令よ。うちの会社の恐ろしさを伝えさせるために、わざと逃したの」


 「逃がす必要なんかねえだろ。全員ぶち殺せばよかったんだ」


 「お前たちをどのように守るかはこちらの勝手だ。つまらん話をするならここで降ろせ」


 重く掠れた声が響き、車内の温度が急激に下がる。冷凍庫の中にぶち込まれたようだ。


 「いや先生、先生のやり方に意見を言うつもりはねえんだ。例えばそんな方法もあったかなって、ちょっと口に出しただけだ。気に触ったら勘弁してくだせぇ」


 心臓の鼓動が早まり、背筋を冷や汗がつたった。ダメだ、こいつは人間じゃねぇ。逆らったら間違いなく皆殺しにされる。


 「調整部長、相手を片付けたのなら、あの邪魔な車をどけて出発しないと、約束の時間が近づいています」


 「おうそうだな。金井、兵隊にあの邪魔物を片付けさせて出発するか」


 この化物と話を続けていたくなかった。声を聞くだけでも寿命が縮まるような気がする。金井の一声に助けられて障害物を撤去し目的地に向かう。


 3台の車は出発し、数分で取引場所である山梨県小菅村にある温泉地の駐車場に到着した。


 今夜は月が雲に隠れているようだ。広い駐車場は深く重い闇に包まれている。


 どこかの組織の襲撃で多少の時間を費やしたものの、取引約束の時間の2時まではまだ20分ほどある。


 駐車場は駐車車両もなく、相手方の甲州会は到着していないようだ。入口の出入りを見張れるように、建物から離れた片隅に駐めて待機する。


 とりあえず目的地に無事到着し、先ほどの事件の礼を言おうと仲田が振り向くと、後部シートは既に無人であった・・・・・

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