第8話 仕切り直し
時計は朝の4時少し前である。2時間ほど前に黒いドアの前で起こった事など、まるで何もなかったように、まだ夜明け前の街を熱風が吹き抜けていく。
窓ひとつない薄暗い部屋の中、鈴木雅之の「別れの街」の歌が流れる。電話の着信音のようだ。
「変わる心なんて思いもしないで・・・・・」
女性の甘い香りが動いた。
「はい、お待ちください。代表、南商からお電話です」
巨大な人影が音もなく動く。まるで質量のない影そのもののように。
「はい・・・・・」
「南口商工会会長の前澤です。先程はウチの者がご無礼をはたらいたようで失礼しました。お約束の時間を違えたようで」
立川の南商の前澤といえば、都内でも知らぬ者はいない。その前澤相手にまったく臆することもなく、あの掠れた声が流れる。
「ご用件は?」
「いや改めて、仕事の依頼のお願いをしたい」
「依頼ならば直接内容をお聞きしてからだが、こちらに来れますか?」
「もちろんお伺いしますよ。できればなるべく早急にお願いしたいのだが」
「急ぐなら1時間後、5時にお出でください。時間は違えぬように・・・・・」
「無理なお願い痛み入る。それでは後ほどそちらで」
まだ5時には10分ほど余裕がある。地球上の全ての地域が一年中夏の熱帯になったものの、日の出は6時、日の入りは7時とほとんど変わらぬままである。
まだ薄暗い。黒いドアの前に3人の人影が並ぶ。うちの一人は部長と呼ばれていた人物のようだ。
金属プレートの下の押しボタンが押され、今回はなんとか無事に黒いドアの中に人影は消えた。
薄暗い照明の中、ソファセットに人影が浮かぶ。奥側の個別ソファに大神と夢子、向かいの3人掛けソファには、部長と呼びれていた男が、あとの2人はソファの後に待機しているようだ。
「大神さん、先程は失礼しました。これはウチの会長の前澤からのお詫びです」
箱に入った物をテープの上に置いた。この世界では、手土産の中身は現金と決まっている。
「ドアの修理に50万円請求するつもりだったが、ちょうど同額なので修理代としてお受けする。夢子、修理代の領収書をお渡ししておくように」
箱の中の金額の話は全くしてはいない。この大神という男、箱の中身を読み取ることができるのだろうか?噂には聞いていたが背筋に冷気か走った。
「初めてお目にかかります。南商の部長をしている仲田です」
「代表の大神です」
いつ出されたのかは全く気づかなかったが、いつの間にかテーブルの上には漆黒の名刺が置かれていた。
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