第7話 今すぐ消えろ

 絵里の依頼を受けた日のほぼ一週間ほど前の深夜のことである。時刻は2時5分を刻んでいた。


 夜はあるがかっての夜ではない・・・・・


 仕事に疲れた体や心を癒やす夜、愛する家族との暖かい団欒が待つ夜、そんな夜などもう存在しない。


 生きるために、食するために、奪い合う、殺し合う、そして不自由ない快適な生活を送るため、財を持つもの、権力を持つもの、力を持つものは、さらなる金を、地位を、武器を奪い合う。


 互いに奪い合う、互いに殺し合うことが、今の世の活力の全てである。その力がぶつかり合うのが即ち夜なのだ。


 大神探偵社のプレートの下にあるボタンを押し込んだ。数秒待つが何の変化もない。さらにもう一度ボタンを押し込み、ボタンの下にあるスピーカーに向かって声を送る。


 「大神さん、呼び出しているのに返事はなしかい。2時に依頼を申し込んだ南商のものだが・・・・・」


 数秒置いて若い女性の声が流れた。


 「もう既に2時は過ぎています。本日の予定は終了しました」


 「おいおい、なんだ。まだ約束の2時に5分過ぎただけだろう。何を分からねえこと言っていやがる。さっさとドアを開けねぇと、ぶち壊して入るぞ」


 「ガァンッ」


 ドアの前で立つ3つの人影のうち、明らかに一番若い男が黒いドアを強く蹴り上げた。もちろんビクともするはずがないが・・・・・


 「ブシュッ」


 押し殺したような圧縮音が流れた。いま黒いドアを蹴り上げた男の額に、丸い小さな穴が開き、ドアの前に倒れ込んだ。言葉1つ発せないまま、あっけなく人生の幕を閉じた。


 「死にたくなければ、今すぐ消えろ」


 低く重く掠れた声が流れた。


 「このバカ野郎が。勝手なことやりやがって。何もかもぶち壊しだ」


 ドアを蹴り上げた男より明らかに貫禄がある男が、倒れたままで二度と動かない、かっての仲間を蹴り上げた。


 「おう、とりあえず引き上げるぞ。この野郎を担いでどっかに始末しろ。大神さん、申し訳ねぇ。若いモンが失礼しちまって。もう一度仕切り直しさせていただきます」


 「・・・・・・・・・・」


 「いいんですかい部長、こんななめたマネされて、そのまま引き下がるんですか?」


 「バカ野郎、テメエもこいつみてえに死にたいか?ふざけたマネして生きて帰れるほど甘くはねぇんだよ。何のためにオレがわざわざ出張って来たと思ってるんだ。テメエもまだ魔人の恐ろしさをわかっていねぇようだな」


「部長、申し訳ありません」


「さっさとこいつを担いで引き上げるぞ」

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