第4話 金10万円

 かっては法治国家としての規律や秩序、正義を護る中心的機関であった警察は、この世界においては既に消滅している。


 東京都内に存在した警察組織は、23区は千代田、新宿、豊島、世田谷、江戸川の5地区に市町村部は立川、八王子、そして奥多摩の3地区に各々独自の組織を構成している。


 当初は千代田が本部となり、『桜田門連合』として8団体をまとめていたが、数年後にはそれぞれ独立して、勢力の維持拡大を進めている。


 団体の構成員は警察官中心ではあるが、かっては敵対していた裏社会の組織をも吸収合併して、国内では最も強力な団体の1つである。


 この警察中心の組織と対抗するのは、旧自衛隊を中心とした組織『皇国』である。都内においては市ヶ谷に本部を置き、多摩地区には立川に支部を置いている。


 『皇国本部』は国内最強の組織といわれ、戦闘用重火器はもちろん、さらには戦車数両、戦闘用航空機も数機保有していると言われているが、絶対的な燃料不足の現在、航空機や戦車は野晒し鉄屑状態と噂されている。


 この世の中では、一般市民が事件事故に遭遇した場合、頼る相手は強力な組織以外ない。揉め事、安否確認、防犯安全等の対策は高額な金さえ出せば、どの団体でも依頼を受けている。


 全ては金次第で解決できる金持ちにとっては、不自由もなく充分に快適な生活を営める世の中のようだ。


 妹の真理と姉妹二人で暮らしていくのがやっとで、貯蓄などほとんどない。父親が残してくれた2DKのマンションで倹しい生活を送っていた。


 行方不明となった真理の安否を確認したいが、皇国や桜会に依頼すれば50万円は必要と聞いている。南商でも30万円かかる。


 鍵のかかる引き出しの奥にしまってある絵里の貯蓄額は、辛うじて60万円程度である。


 たった一人きりの身内である可愛い妹のためなら、お金を使うことも惜しくはないが、依頼金以外に出張費や武器調達のための経費等も上積みされ、結局は100万円近くになるといわれている。


 絵里にとって、団体への真理の安否確認や身体保護の依頼は到底無理であった。しかし何としても諦めきれず、友人からの情報収集やネット情報などを調べ尽くして、この黒い鋼鉄製のドアにたどり着いたのであった。


 5年前に、かっての幼馴染であった不良から護身用に20万円で購入した、まるで玩具のような拳銃を握りしめながら、自宅のマンションからこのドアの前に立つまで、やっとの思いでたどり着いたのであった。


 『金10万円、なんでも引き受けます』


 絵里にとって、怪しげなネット広告の片隅に表示されたこの一言だけが、今は頼りであった。

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