第3話 行方不明
立川駅南口から徒歩5分程の距離にある古いビルの2階。昔は珈琲館であった記憶があるが、今は分厚い鋼鉄製の黒いドアが目につく。
黒い鋼鉄製のドアの横のコンクリート壁面には、10cm☓30cm程の金属プレートが銀色の光を放っている。
プレートには『大神探偵社』の文字が刻まれている。この乱れた社会で探偵業務など必要かどうか不明ではあるが、黒いドアを訪ねる客も少なくはないようだ。
大神探偵社、おおがみではない『おおかみ』と呼ぶのが正式らしい。探偵社の主は40代位に見受けられる。180cmを超える身長と120kgはあると思われる巨躯である。
仕事を依頼する来客に出される黒色の名刺には、金文字で探偵社代表『大神魔人(おおかみまひと)』と記されていると噂されている。
依頼を受ける業務は、探偵のみでなくいわゆる『何でも屋』で、どのような依頼であっても確実にこなす凄腕と評判らしい。
この乱れた世の中である。銃撃戦など揉め事に巻き込まれるのは日常茶飯事ではあるが、撃たれても死なない不死身の魔人などと噂されている。
大神は探偵社内に居住しているらしいが、真偽の程は明確ではない。同居者は20歳前後の絶世の美女と黒猫らしいが、これも確実な情報とは言えない。
桜会、皇国、南商を中心にしのぎを削るこの立川地区では、大小様々な事件が発生しているが、そのうちのいくつかに大神探偵社が絡んでいるといわれている。
闇の情報を知る者たちにとっても、『不死身の魔人(まじん)』以外に大神魔人に関する詳細な情報を知る者はいない。
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黒い鋼鉄製のドアの前で10分程立ち尽くしていた。昨日の昼に家を出たきり帰らず、電話連絡1つない妹の安否が気がかりでたまらなかった。
絵里は24歳、妹の真理は17歳の2人暮らしであった。両親は既に死去している。父親は5年前に食料調達に出かけ帰らぬ人となり、母親は2年前に心臓病で突然この世を去っている。
絵里は帝国情報ネットワーク社の社員として諸外国の情報収集を行っている。英語情報の翻訳が主たる業務であり、その僅かな給料で姉妹2人の生活を賄っていた。
真理は高校2年生であるが、高校は既に校舎さえなく、週に数時間のネット通信で授業を行うのがやっとの状況である。
真理は、通信授業に必要なSDカードを譲り受けるため、昨日2km程の距離に住む友人宅に出かけたまま、行方不明となっている。
この世界において行方不明は、拉致や死亡などの事件被害者を意味するものであり、それを捜査する警察機能も今はない。
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