独白




 私は、いわゆる『奴隷』という存在でした。

 水澱ジェラスや、リーファ・マクスウェルと違うのは、私が貴族出身ではないということ。

 貴族出身と平民出身とで登録番号の区別があるのはご存じですよね?

 工作員になるのは、貴族出身の奴隷。

 彼らは、生活自体は人並みのものを送ることが出来ます。

 平民出身……私や七月柚絵のような、市場で売られている『非籍民』は、人並みの生活なんて送ることが出来ない。

 まあ、私はどうでもいいんですけどね。

 ああ、そっか、アルジはそこら辺のこと知っていますよね?

 確か、貴族出身でしたし。



 では、私のことだけを詳しく教えた方がいいですよね。

 私は、闇崎堂山の下で働いていました。

 働くって言っても、まあ、ちょっと普通ではないことをされていましたけどね。

 え?

 ああ、闇崎堂山が私に気付くことはありませんよ。

 というか、彼らが自分でそうしたんです。

 ……わかりませんか?

 ……仕方ないですね。



 ……これでどうですか?

 フフ、驚きすぎですよ。

 まあ、顔の皮が剥がれたら、普通そういう顔しますよね。

 私の顔は、幼い頃に剥がされました。

 というか、体中色々滅茶苦茶になっていますよ。

 ……え?

 『何で』と言われると……私に言われても困りますね……。

 面白いと思ったんじゃないですか?

 ほら、泣き叫ぶところが見たいとか、そんな理由かも。

 私があまりに反応が無いから、色々試したかっただけかもしれないですね。

 ……何で悲しそうな顔するんですか?

 貴方も同じ貴族出身じゃないですか。

 フフフ、冗談ですよ。

 あれ?

 もしかして、今の結構堪えましたか?

 まあ、いいじゃないですか、何でも。



 私が頭悪いのも、仕事できないのも、多分、そうやってどうでもいいことばかりされていたからでしょうね。

 普通に仕事出来るように育てられていたら、アルジの役にも立てたのに……。

 あの人たちは、私をおもちゃか何かだと思っていたんでしょう。

 まあ、実際奴隷なんておもちゃと変わりないですしね。

 楽しくはなかったですけど、まあ、『私の人生はこんなもんかなぁ』って思っていましたよ。

 だから……別に、助けてほしいとか思ったことは無かったんです。



 七月柚絵に会ったのは、偶然です。

 彼女は、アルジに連れられて逃げたのに、一人ぼっちで鏑木家の偉い人の駒になっていたみたいですね。

 ああ、責めていませんよ?

 ただ、アルジが彼女を連れて逃げなければ、事件は何も起こらなかったかもしれないって思っただけです。

 彼女は紫龍園の上層部と繋がっていました。

 催眠術の腕を買われ、闇崎堂山の命令に従っていました。

 でも……彼女はそれが本当は嫌だったんですよ。

 だから……言い訳を作った。



 彼女は、初めて会った私を、『家族』だとかぬかしました。

 恐らく、自分自身に催眠術を掛けたんです。

 そして、自分以上に哀れな人間を守るために、仕方なく悪事を働くのだと、そういうことに決めたんです。

 その哀れな人間に選ばれたのが、まあ……私だったわけです。

 どうして他にも私みたいな人がいたのに、私にしたのか、もう、彼女すら知りません。

 多分、誰でも良かったんですよ。

 彼女は、罪の意識から逃れるために、私を利用した。

 そんなこと望んでいないのに、私の幸せを願った。



 そして……あの双子は、私と彼女に巻き込まれたために死んだ。

 アルジは、双子が闇崎の命令で殺されたといっていましたね?

 でも……違うんですよ。

 七月はそれまで、誰も殺したことは無かったんです。

 私が、それを望まなかったから。

 それに、当時はまだ他の暗殺者がいたので、彼女が出張る必要はなかったんです。

 では、何故彼女は双子を殺したんでしょう?

 ……まあ、わかりませんよね。

 当然です、わたしもわかりませんから。



 私は、双子の下に付きました。

 彼女らは『非籍民』とはいえ、貴族出身の為、私よりは立場が上。

 双子の姉の方は自分の人生の不幸を嘆きながら、いつも私に当たり散らかしていました。

 こんなことを言われたのを覚えています。


『私は貴方と違って人間なの! なのに……何でこんなに縛られて生きなくちゃいけないの!? 私を自由にしてよ! 貴方が私の分まで暗部で働けばいいのに……!』 


 確かにそうですよね。

 彼女はとても可哀想な人でした。

 でも、七月柚絵の様に勝手に家族呼ばわりされるよりは、こんな感じに殴られたり当たり散らかされたりする方が楽でした。

 まあ、慣れていましたしね。

 妹の方は、なんか、よくわからない性格でしたね。


『お姉ちゃんがごめんね……私は何も出来なくて……本当にごめん……ごめん……』


 今思い出しても、何故謝っていたのかがわからないんですよね。

 多分、彼女の口癖だったんだと思います。

 自己評価が低いのかもしれません。



 逃亡を計画したのは、姉の方でした。

 その計画はよく覚えています。


『貴女が私たちの代わりにこれから暗部で働くの。貴女は別に構わないでしょ? その顔に私たちに似た顔を当てはめれば誤魔化せるでしょ? 全部貴女が責任を負うの。いい? わかった?』


 私は取り敢えず頷いたんですけど、よく考えたら滅茶苦茶でしたね。

 私、頭悪いから誤魔化せるって信じていたのかもしれません。

 そもそも二人分の役を私がやるのは無理でしたよね。

 当然、二人が逃げた分の罰は私が一人で受けましたよ。

 まあ、それ以前に受けたものよりは酷くなかったですけど。



 七月柚絵は、私が罰を受けたことに憤慨していました。

 正直、『今更?』って思いましたけどね。

 彼女が知らないだけで、私、もっと酷いこと色々されているっていうのに。

 まあ、彼女と出会う前のことだから仕方ないんですかね?

 彼女と出会ってからはその罰が初めてだったからかもしれません。

 まあ、頭の悪い私は、そこまで考えずにただただ呆れていましたけど。

 彼女の怒りの矛先は、あの双子です。

 おかしいですよね。

 結局、あの人も頭が悪かったんだろうなぁ。



 私は、双子が闇崎に見つかる前に、彼女らに再会しました。

 というか、二人の方から私に会って来たんですよ。

 もうすぐ見つかるかもしれないからって。

 双子は、それまで街で入れ替わりの生活を試していたそうです。

 何故だかわかりますか?

 どれだけ他人が自分たちに関心が無いかを確かめたかったんですよ。

 結果は二人の想像通りだったらしいです。

 双子の姉の方は私に言いました。


『私たちはこのままだと暗殺される。だから、貴女が代わりに死になさい。貴女が私の代わりに死んで、私たちが二人で妹の方を演じる。そして、【姉の命一つで許して下さい】と頼む。片方死んだことにすれば、私たちはお互いに普通の生活を入れ替わりで過ごすことが出来るのよ。だから、貴女はとにかく死ぬの。良いわね?』


 私は『はい』と言いました。

 まあ、正直どちらでもよかったので。

 でも、今思い返せば無茶苦茶なやり方ですよね。

 絶対上手くいかないと思います。

 多分、二人も頭が悪かったんですよ。



 七月柚絵は、その話を隠れて聞いていました。

 彼女は、私に断りもなく二人を殺すことに決めたみたいでした。

 私は止めましたよ?

 だって、二人が可哀想じゃないですか。

 でも……駄目だった。

 彼女の話によると、妹の方は死ぬ覚悟が出来ていたみたいですよ。

 催眠術を掛けて自殺させたのは間違いないですけど、彼女もそれを望んでいたらしいです。

 姉の方は最後まで抵抗したそうです。

 でも、催眠術の前にはどうしようもない。

 ただ……彼女の最後の一言は、『お父さん』だったそうです。

 結局……彼女も寂しかっただけなんですよ。



 七月柚絵が私のことを自由にしたのはそのあとすぐです。

 鏑木家の自浄作用が進んで、闇崎の周りの催眠術師が彼女だけになったからです。

闇崎に催眠術を掛けて、私を自由にさせました。

 アルジと出会ったのは……その後すぐでしたね。



 鋤柄さんの件は……本当に残念でした。

 アレは、完全に七月柚絵の暴走です。

 ここキランゲ岬は、風がとても気持ちよくて……よく来ていたんです。

 彼女がここに二人を連れてきたのは、きっと、学院から近くて、夜は人通りが少ないからでしょう。

 まさか、彼女も二人が私と知り合いだとは知らなかったみたいで。

 たまたま鋤柄さんが普通より早く目を覚ましてしまって……。

 偶然会った彼女から丁度双子を殺した話を聞いていたところでした。

 私は彼を殺す必要なんてないって言ったんです。

 でも、彼女にとっては、私が人殺しの自分の家族だと思われるのが、我慢ならなかったんでしょう。



 アンさんを助けたのは……私の意思とは無関係です。

 今更人助けなんてしても、殺した三人が戻ってくるわけでもないですのにね?

 結局アンさんも他の頭のおかしい催眠術師に弄ばれる羽目になっちゃったみたいですし。

 本当……とことんわけのわからないことをする人でした。



 彼女は、完全に自分で自分に掛けた催眠術でおかしくなっていたんです。

 私の所為では……ないですよね?

 私は……何もしてないですよね?

 それとも……私がいなければ……誰も不幸にならなかったんですかね……?

 私には……もう……わかりません……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る