第六章「【真】 ある真実を追い求める者たちの物語」

1032年 12月25日 午前11時3分




 ジョシュアは、辺りを見渡して眉をひそめた。


「……これに……何の意味があるの?」


 辺りには、意識を失った人々が倒れていた。

 会議場は閑散としていた。

 つい先ほどまで議会法廷が執り行われていたとは、とても思えないほどに。

 意識を失わず立っていたのは、ただ二人だけ。


「ジョシュア……」


 七月は、ジョシュアの方を向いて悲しげな表情を浮かべる。


「誰がこんなこと頼んだの? どうしてここまでするの? 何で? 私は……」

「私は……貴女の為に……」


 二人は目を合わせなかった。

 だがそこで、予想外のことが起こる。



 ザッ



「……え?」


 ジョシュアの目の前には、たった今倒れこんだはずの人物が、立ち上がっていた。


「そんな……はず……」


 七月は困惑した。

 何が起きているかわからないといった表情だ。

 そして――彼は口を開く。


「……催眠術の……唯一の対処法は……そいつに催眠術を掛けられる前に……予め、『自分はそいつの催眠術にはかからない』と……別の奴に……催眠術を掛けてもらうことだ……七月」


 立ち上がったのは、一ノ宮王人だった。


「オート……君……」


 七月とジョシュアは彼をじっと見つめた。


「……アルジ」

「……よう、ジョシュ。これは……どういうことだ……?」


 起きているのは、自分を除き、ジョシュアと七月だけだった。

 彼にはもう察しがついていた。

 ジョシュアと七月は繋がっていた。

 恐らく、自分と彼女が出会った時から、ずっと。

 しかし、二人がどういう関係なのかがわからない。

 どうにか話を聞くしかなかった。


「……オート君……ごめんなさい」


 七月は、ゆっくりと歩みを進め始めた。


「待て、動くな。何をする気だ」

「ごめんなさい……ジョシュア……」


 七月は、涙を流していた。


「……! 待って!」


 ジョシュアは、もう察していた。

 七月は、闇崎の遺体に近づいていた。

 そこでようやく、王人も気付く。


「待て! 七月!」


 彼は走り出した。

 しかし――。


「動かないで!」


 彼女は既に闇崎の遺体の下に辿り着き、その手には拳銃を握っていた。

 そして、その銃口を王人の方に向ける。


「七月……お前は一体……何が目的なんだ……?」


 銃を突き付けられながらも、王人は冷静に質問した。

 むしろ冷静さを失っているように見られたのは、七月の方だった。


「私は……ジョシュア……貴女の為に……」


 王人はジョシュアの方を見る。

 しかし、ジョシュアは無表情で俯いているだけだった。


「どういうことだ……何でジョシュなんだ……? おい、七月……答えろよ」

「聞かせてジョシュア……私は……貴女を……幸せにしたくて……」

「私は、幸せになりたいなんて言ってない」


 ジョシュアは、顔色を変えずに七月にぶっきらぼうに言い放った。


「ジョシュア……でも……貴女は……笑ってくれた……」

「私は貴女の家族じゃない。どうしてわからないの? 私はあの時……死んでしまってよかったのに……」

「違う……違う……貴女は……幸せにならないといけない……死んではいけない……」


 七月は顔をぐしゃぐしゃにしていた。

 王人は、二人の会話の意味が分からなかった。

 しかし、耳を傾け続ける。


「私は何度も言った。貴女は間違っているって……どうしてわかってくれないの……? 何で私の為にそこまで……」

「貴女が私の家族だから……私は……貴女を愛しているから……」

「私は貴方を愛していない」


 ジョシュアの言葉は、七月の胸を抉る様に突き刺した。

 止めどなく涙を流し続ける七月を見ても、ジョシュアは顔色一つ変えなかった。


「私は……貴女の為に……オート君を……殺す……」


 七月は、拳銃の引き金に指を置いた。


「! 駄目! 何でわからないの!? 貴女はずっと、私じゃなくて、自分の為に沢山殺してきただけ! 私の所為にしないで! 私は関係ない! 私は知らない!」


 ジョシュアは頭をブンブン振っていた。

 七月の全てを否定する言葉を吐き続けた。


「……七月……」

「オート君……」


 七月は王人と目を合わせてしまった。

 それだけで、彼女の決心は揺らいでしまった。

 指が動かなくなってしまった。

 彼女にも、手に掛けられない人間はいた。

 王人と才人もそうだった。

 彼女は……拳銃を……自分の頭に向けた。


「七月!」



 パァンッ



 三度目の銃声が、場内に響き渡る。

 その場に立ち尽くすのは、二人だけだった。


「何で……何でなんだよ……」


 王人は、わけもわからない涙を流していた。


「何でなんだよ!?」


 誰も、その問いの答えるものはいなかった。

 だが、彼の声を聞くものはいた。


「……アルジ……」


 王人は、膝から崩れ落ちてしまった。

 彼にとって七月は、どうしても捕えなければならない殺人鬼だったが、同時に、どうしても救いたかった人物でもあった。

 しかし、彼女を救うことは、もう二度と出来なくなってしまった。


 ジョシュアは、そんな王人を尻目に出口の方に向かっていた。


「……アルジ……付いてきてくれませんか?」

「ジョシュ……」


 王人は、何もわからなかった。

 だからこそ、知りたいと思った。

 彼女の後に付いていくのは、当然のことだった。


 二人が会議場を出ていくと、死屍累々とした場内は、完全に沈黙が訪れた。

 もう、そこには何も残されていなかった。

 ……何一つ。



 キランゲ岬




「愛していますよ」


 岬の果てに辿り着くと、ジョシュアはそう言った。


「……お前の口癖だったな……それ……」

「……はい、口癖です。口癖でしかありません……」

「……どういうことだ?」


 ジョシュアは目を瞑り、両手を広げて風をその身に受けた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「私は……誰かを愛したことがありません。だから……愛することがどういうことか……愛する人の為に何が出来るのか……わからないんです……」

「……お前の昔話は前にも聞いたな……。アレは……全部嘘なのか……?」

「……生まれた時から家族がいないというのは本当です。ただ……ほんの少し……私は他の人と違っていただけ……」

「……話してくれないか? お前と七月が、どういう関係だったのか」

「……何の関係もありませんよ、本当に……。なのに……彼女は……」

「なら、お前のことを教えてくれ。俺は……お前のことが知りたい……」

「……わかりました」


 彼女は、再び目を開けた。

 そして、自分の過去を話し始める。

 取るに足らない、どうでもいい過去を。

 不幸だなんて思わない。

 辛さはない。

 痛みも忘れた。

 全てがどうでもよかった。

 何より下らないと感じている、己の過去を――。



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