拝啓 七月柚絵様




 私は、貴女に謝罪をしなければならない。

 謝罪をしたところで、到底許されることではないことは理解している。

 しかし、私には何故貴女があのようなことをしたのかがわからない。

 どうか許してほしい。

 私には、もう何も無いのだから。

 どうか……どうか許してやってほしい。

 彼女たちのことを……。




 貴女は、きっと彼女たちのことを知らないのだろう。

 私は、貴女に彼女たちのことを教えなければならない。

 それで許してくれるとは考えていないが、せめて彼女たちのことを理解してやってほしいのだ。

 彼女たちもまた、貴女の様に不幸な身分だった。

 彼女たちは、幸せになれなかった。

 全て、私が招いた結果だった。

 私の所為で彼女たちは……。




 私は、貴女が彼女たちを死に至らしめたことを知っている。

 全ては紫龍園州議会の指示。

 貴女の一存でないことはわかっている。

 しかし、私もまた、貴女をどうしても許すことが出来ない。

 貴女が死に追いやった彼女たちは、私のたった二人の娘だったからだ。

 それでも、彼女たちには罪が無い。

 彼女たちは、何も悪くないのだ。

 どうか、それを理解してほしい。




 彼女たちについて語る前に、私のことを話す必要がある。

 私が何者か伝えないことには、貴女に彼女たちのことを理解してもらうことは出来ない。

 私は、なんてことはない、一介の貴族崩れだった。

 貴族には二種類いる。

 紫龍園を裏で支配する本物の貴族と、彼らに搾取される、私のような貴族崩れだ。

 私の家系は、どの時代も、紫龍園のために工作員を輩出していた。

 鏑木家が催眠術師を輩出するのと同じように、暗殺者やスパイ、紫龍園の暗部は、私の家系のような、貴族の成り損ないによって形成されていた。




 そして、その工作員は、皆が皆『非籍民』だった。

 生まれた時から、紫龍園の為に尽くすことが決まっている、登録番号付きの『非籍民』。

 つまるところ、紫龍園の『奴隷』だったのだ。

 生活自体に苦はなくとも、自ら進んで危険な道を行く必要がある。

 我々の家系は、『奴隷』の家系だったのだ。




 私は何不自由なく育てられた。

 私の年代では、私とは別の親族が、『非籍民』となって『奴隷』になったからだ。

 私はその人物を間近で見ていた。

 常に危険と隣り合わせで生き、罪の意識に苛まれ続ける日々。

 紫龍園の為に他所を陥れる工作員は、日陰人生を歩む他なかった。

 彼らは自由に街を歩くことすら許されなかったのだ。

 私はそれを知り、恵まれている自分が、いつか同じ目に遭うのではないかと不安を感じずにはいられなかった。




 私の下に娘が生まれた。

 双子の女の子だった。

 瓜二つの見た目で、彼女たちを見分けるのは親の私ですら困難だった。

 しかし、私は彼女たちを抱くことすら許されなかった。

 何故なら、彼女たちは、生まれながらに『非籍民』だったからだ。

 そう、順番が来たのだ。

 私の二人の娘は、生まれながらにして『奴隷』となることが決まった。

 だが、私はそれが我慢ならなかった。

 他の者はそれを耐えてきたというのに、私だけが今までの歴史に対立した。




 結局、私の意見は通らなかった。

 双子は州議長・闇崎堂山の下で生きることになった。

 双子は彼の小間使いとして、一生を過ごすのだ。

 私は、何も出来なかった。

 本当は彼女たちを救いたかったのに、紫龍園の闇に立ち向かうには、あまりに力が足りなさ過ぎた。

 双子には、名前が付けられなかった。

 『奴隷』に名前はいらない。

 後からその時々の名前が彼女たちに付けられた。

 闇崎の下にいるときは、二人で『闇崎楼図』の名を名乗っていた。

 しかし、それも偽名でしかない。

 双子には戸籍が無いのだから、好きなだけ新しい名前が付けられる。

 私は、双子に私の娘としての名前を付けた。

 姉の方は、『リーファ』。

 妹の方は、『ジェーン』。

 しかし、彼女たちの名前を呼ぶことは一度も無かった。




 私は、彼女たちの身に起きたことは逐一報告を入れてもらっていた。

 せめて、それくらいは許されていたのだ。

 彼女たちはまだ幼い頃から工作員としての英才教育を受けさせられていた。

 彼女たちがどれだけ自由を奪われているかを知っても、私に出来ることは何も無かった。




 十年以上が経ち、とうとう彼女たちが工作員として活動を開始した。

 最初の任務は機密文書の奪取だったという。

 彼女たちは失敗した。

 どれだけ闇崎に叱咤を受けたかはわからないが、彼女たちは苦しませられていた。

 望まぬ生き方を強要され、それが出来なければ罰を受ける。

 彼女たちは間違いなく『奴隷』だった。




 ある時、彼女たちが逃げ出したという報告を受けた。

 私は、独自に彼女たちの行方を捜索したが、結局彼女たちを見つけることは出来なかった。

 彼女たちの行方が判明したのは、彼女たちが行方をくらましてから三週間ほどたってからのことだ。

 それまで彼女たちがどのような生活をしていたのかというと、二人は街の一般人の家に上がり込んでいたとのことらしい。

 姉の方は本間元春氏の下で、名乗ることすらせず身を寄せていたらしい。

 妹の方は白石明日雛という娘の下で、『水澱ジェラス』という名を名乗って暮らしていたという。

 私は彼女たちの身の安全に安堵したが、闇崎はそうではなかった。

 彼は双子の暗殺を命じた。

 彼女たちの持つ紫龍園の暗部の情報が、民衆に知れ渡ることを恐れたのだ。

 催眠術師を使い、彼女たちの命を奪い、彼女たちに関わった者の記憶を消す。

 その決定は、私がいくら拒絶しても覆ることは無かった。

 結局、私は無力のままだったのだ。




 妹は、首吊り自殺に見せかけて殺された。

 私は、その場に立ち会うことが出来なかった。

 どうしようもない失意に襲われた私は、せめて、姉の方だけでも救いたかった。

 しかし、間に合わなかった。

 私が彼女の下に辿り着いた時、その家は既に炎に包まれていた。

 私はただ、それを眺めながら泣き叫ぶしか出来なかった。

 彼女の遺体を運ぶ救急隊と警備隊に、私は姉の方の名を叫び続けた。

 彼女が私の娘だと、そう叫び続けた。




 私は、彼女たちを守ることが出来なかった。

 しかし、どうしても彼女たちが命を落とす理由を、その原因となった人物を、突き止めずにはいられなかった。

 私が貴女の正体に辿り着いたのは、ただの偶然だった。

 だが、貴女もまた『非籍民』だという話を聞き、私は貴女にも同情した。

 きっと、貴女も紫龍園の闇から逃れられなかったのだろう。

 しかし、それでも私は納得がいかなかった。

 何故、私の娘たちは死ななければならなかった?

 彼女たちの人生は、一体何だったのだ?




 私は、貴女の動機を聞きたい。

 貴女が何のために生きているのかを聞きたい。

 もし、私がまだ生きていたのなら、この手紙を読んだのなら、どうか教えてほしい。

 そして、許してほしい。

 彼女たちのことを。

 何も出来なかった、私のことを。

 どうか……どうか……。









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