ジョシュア・レイニースールに関して




 マルクたち四人は、束の間の休息を取っていた。

 紫龍園の街では祝祭が開かれていた。

 この時期は、大和国の主要宗教ではない別の宗教における神々の生誕祭として、毎年イベントが開かれていた。

 大和国ではあくまで民衆がひと騒ぎするためのイベントとして、生誕祭のことなど忘れてしまいながら祭りに興じていたのだ。

 四人は街に出向き、出店を見て回っては、些細な談笑をしながら時間を潰していた。


「ジョシュアさんとオートさんは、いつからご一緒なんですか?」


 マルクは、近くの出店で購入したアイスを片手に、オートに質問した。


「四年前だ。……つーか、もうそんな長い関係になるのか……」


 溜息を吐く王人とは裏腹に、ジョシュアはアイスを頬張りながらニッコリと笑った。


「私たちは愛し合っていますからね!」

「あー……いや、コイツはただの居候だ。勘違いしないでくれ」

「ガガガガーン!」


 二人のやり取りを微笑ましく見守るマルクだったが、その頭の中では、ふと小さな疑問が生まれていた。



 王人は街の住人によく知れ渡っているらしく、出店を回っている途中で彼のファンらしき女性たちが彼の周りを囲い始め、そのまま彼をどこかに連れて行ってしまった。

 マルクとアンはしょげてしまったジョシュアをベンチに座らせて、一旦休憩を取っていた。


「アルジ……また浮気……」


 そう言ってしょんぼりとしているジョシュアだったが、実際王人とジョシュアの間には何も無かった。


「ジョシュアさん、貴女はどうして、そんなにオートさんのことを想っているのかしら?」


 マルクがいることは無視して、アンはガールズトークに近い会話を始めようとしていた。


「……わかりません」

「え?」


 ジョシュアの意外な返答に、二人は顔を見合わせた。


「それは……どういうことかな?」


 質問したのはマルクだった。


「……私とアルジの間には何もありません。でも……もうずっとアルジの下にいたから……アルジを愛しては……いけないのでしょうか?」


 ジョシュアは、物憂げな表情を二人に向かって見せた。


「いけないことなんてないわ。何故なら、愛することに、理由なんていらないでしょう?」

「……アルジもそう言っていました……。でも……理由のない愛なんて、そんなの愛と呼べますか? 私は頭が悪いので、上手く言えませんが……愛を知らない人間は、愛することが出来ないのだと思ってしまいます」


 彼女が真剣に自分の気持ちに悩んでいることを、二人は悟った。


「……『愛を知らない人間』というのは……つまり、誰かに愛されたことのない人間のことかしら?」

「……私には、生まれた時から家族がいませんでした。それがずっと続いて……私は愛を知らなかった……。でも、今では私を想ってくれている人がいます。でも……私はその人の気持ちがどうしても理解出来ない……。私は……未だに『愛』が何なのかわからないのです……」

「……理解出来なくても、それが『愛』なのよ。わたくしにはわからないけれど、誰かのことを想うだけで、何でも出来てしまう人がいる。頭がおかしいのかと思うくらいだわ。でも……わからなくてもいい……その人の気持ちを……その人のことを、大切に想うことが出来れば……それでいいと思うわ」


 アンの言う人物が自分のことだと、マルクは瞬時に理解した。

 そして、彼女の言葉は、マルクの脳裏に強く刻みつけられた。

 しかし、ジョシュアの表情は変わらないままだった。



 その夜、家に帰ったマルクとアンは、二人で明日のことを話しあっていた。


「……そうだね、結局はオートさん頼りだ」

「まあ、きっと上手くやってくれるわよ。何故なら、わたくしの台本があるのだから」


 マルクは、明日のこともそうだが、もう一つだけずっと頭の中で思案していることがあった。


「……一つだけ、ずっと気になっていることがあるんだ……」

「何かしら?」


 アンはマルクの不安げな表情を窺った。


「……七月柚絵の動機だよ。『第一の事件』と『第二の事件』は、紫龍園の暗部と関わった双子を殺したということで説明は出来る。でも……『第三の事件』と、『第四の事件』は別だ。何故彼女は……二人の少女を生かした?」

「……『第四の事件』のことは、貴方たちが教えてくれないから答えられないけれど……『第三の事件』に関しては、鋤柄蓮二が『何か』を目撃したから殺されたという話でしょう? 白石明日雛は、その『何か』を見なかった……」

「じゃあ、その『何か』というのは何なんだ? 紫龍園の暗部を調べようとしただけなら、鋤柄蓮二は殺されなかった。それ以上に、見ただけで殺す必要が出来ることって何なんだ? 一体彼は、何を見たんだ?」

「……さあ、わからないわ。……わかりたいとも思えない。頭がおかしい催眠術師のことなんてね……」


 アンは、そう言って自分の寝室へと向かってしまう。


「……お休み。あまり深く考えない方がいわ。明日は、何が起こるかわからないのだから」

「……うん、お休み」


 アンが寝室へ行っても、マルクは思案を続けていた。


「『頭がおかしい』……か」


 マルクは、つい先程のことを思い返していた。

 一番近い記憶だった為か、それが最初に思い返された。



『わたくしにはわからないけれど、誰かのことを想うだけで、何でも出来てしまう人がいる。頭がおかしいのかと思うくらいだわ』



 それは、自分のことを言われた言葉だったが、彼は、たまたま同じ言葉が出てきていたためにその言葉を思い浮かべてしまった。


「『誰かのことを想うだけで』……そういえば、催眠術は『愛情』が無ければ使えないとオートさんが言っていたな……。……もしも……鋤柄蓮二の見た『何か』が、物ではなく人だったなら……どうだろう……」


 彼は、七月柚絵の思考がわからない以上、『自分が彼女だったら』というあり得ない仮定を置いて考えていた。


「『誰か』を見たから殺した? だとすれば……その人物が七月柚絵と共にいるところを見られてはいけない存在だったのか……? もしそうなら……その人物は……鋤柄蓮二と知り合いだった……?」


 マルクの推理は、まったく合理性のない、自分に当てはめた場合の仮定でしかなかった。

 『何か』が人ではなく物ならば、まるで意味の無い推理でもある。

 しかし、彼は『もしかしたら』を考えずにはいられない。


「……七月柚絵が……『誰か』の為だけに一連の事件を起こしたのだとすれば……その『誰か』は……鋤柄蓮二や白石明日雛の知り合いでないといけない……。でも……『誰か』の為だけに……彼女は州議会に従っていたのか……? 『誰か』の為だけに……双子を殺したのか? 『誰か』の為だけに……アンを救ったのか? その『誰か』とは一体……」


 マルクには、鋤柄蓮二の交友関係がわからない。

 自分の知る限りでの人物を羅列するが、彼にはそれが件の『誰か』であるということを確かめる術がなかった。

 ただ、嫌な『予感』をいくつも重ねるだけだった。

 その『予感』が全て外れることを、祈る他出来なかった。

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