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 現在 キランゲ病院




「……ありがとう、話してくれて……」


 王人は、眉をひそめて礼を述べた。

 明日雛の話を聞いて、何も思わないはずがなかった。



 『第三の事件』。

 それは、紫龍園の観光名所であるキランゲ岬での、二人の少年少女の飛び降り自殺。

 しかし、死亡したのはそのうちの一人、鋤柄蓮二だけ。

 もう一人の白石明日雛は、一命を取り留めた。

 彼らが水澱ジェラスと関わりがあったことは、表沙汰にはされなかった。

 何故二人がキランゲ岬で自殺をしようとしたのか。

 何故一人は一命を取り留めたのか。

 再び第一、第二の事件の死亡者と同年齢の人物が怪死を遂げたことで、世間はこれを含めて『紫龍園連続怪死事件』と呼称し始めた。

 だが、その真相は――。



「私が、彼を犠牲にして、生き延びたんです……」

「明日雛……」

「私が…………私の……私の所為なんです!」


 王人は、唇を噛み締めることしか出来なかった。

 もちろん、後ろで話を聞いているジョシュアもそうだった。


「私の所為で蓮二君は死んだ! きっと……きっと、ジェラスもそうなんです! 私さえいなければ、二人は死ななかった! 二人で幸せになれた! あの子は……私に気を遣って……だから……私たちの下から離れたんです……。二人は……私の所為で……」


 明日雛は、体を激しく震わせる。

 全ての責任を自分自身に背負わせようとする。

 王人は、黙っているわけにはいかなくなった。


「……違う……お前の所為じゃない」

「何でそう言えるんですか!? オートさんに何がわかるって言うんですか!?」

「……一つ、二人は七月によって催眠術を掛けられていた」

「……え?」

「蓮二はもちろんだが、ジェラスもそうだ。……彼女の自殺には、動機とあともう一つだけ不可解なことが残っていた。それは、あの学院を自殺の現場に選んだ理由だ。彼女とお前らの仲を聞いたら、とてもじゃないが、二人に迷惑をかける場所を、自殺の現場には選ばない。ともすれば、彼女は何者かに操られていたと考えるのが自然だ。恐らく……七月の催眠術で」

「……でも……でも! 蓮二君が死んだのは……私の……」

「二つ、催眠術は何度でも掛けられる。たとえ命令が失敗しようがな。……よって三つで締めくくる……お前が仮に蓮二を下敷きにしなくても、もう一度七月は蓮二に催眠術を掛け、自殺させていた。……だから、お前の所為じゃない……」

「……! 私は……私は……」

「お前が責任を感じる必要はない……。全て……七月の、催眠術の所為だ……」


 王人は歯を食いしばった。

 彼にとって、七月柚絵は幼馴染であったこと以上に、深く関係があった。

 それは……まだ語られることは無い。


「私は……」


 明日雛は、涙を流し続けるだけだった。

 王人とジョシュアは、そこで病室から立ち去った。

 一人残された病室で、彼女の嗚咽だけが漏れ続けていた。



 キランゲ病院 出入口




 王人とジョシュアは病院を出ると、タクシーが来るのを待っていた。


「アルジ……白石さんは、どうして鋤柄さんを愛していたんでしょう?」

「『どうして』って……好きになるのに理由がいるか? というか、俺に聞かれてもわからねぇよ」

「……では、水澱さんは、どうして鋤柄さんを愛していたんですか?」

「いや、だから、俺が知るかって。どうしたんだよ、急に」


 ジョシュアは、目を細めた。


「……アルジは、私のことを愛してくれますか?」


 ジョシュアの眼差しは、これまでになく真剣だった。

 彼女の問いの意味が、王人にはわからなかった。

 だが、どうも誤魔化せるような雰囲気ではなかった。


「……わからない。でも……不可能だとは言わねぇよ。人を愛するのは、誰にでもできる簡単なことなんだ。でも……愛は単純じゃない。愛することは簡単でも、それに付随してくる感情は複雑で、それがもたらす出来事は困難ばかりだ。……ったく、俺にこんな話させんなよ、柄でもねぇ」


 王人は苦笑いをしながら頭を掻いたが、ジョシュアは、笑顔を見せることは無かった。


「……私には、家族がいません。白石さんと同じです。ずっと一人だった……でも、そんな人はこの紫龍園には沢山います。……私は、その数ある孤独な人間たちの内の一人に過ぎない。でも……私は……誰かを愛していいんでしょうか……?」


 王人は答える。


「当たり前だろ。つーか、お前いつも普通に『愛しています』って言ってんじゃねぇか。らしくないぜ?」

「…………そうですね! 愛していますよ! アルジ!」

「はいはい、ありがとー」

「雑ッ!」



 二人の間には、どこかか細い糸が、確かに繋がっていた。

 それは、とても脆く、ほんの少しの衝撃で途切れてしまいそうな糸だった。

 だが、もしそれを『愛』と呼ぶのなら、確かに二人の間にはそれが存在した。

 あっさり失うかもしれないそれは……少なくとも、今は存在していたのだ。

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