Restart

 紫龍園州立病院




「あの、もう行っちゃうんですか? 一ノ宮さん」


 マルクは尋ねた。


「オートでいいよ。みんなそう呼ぶ。てか、アイツに必要なの、多分お前だぜ? ナイト君?」

「ナイト君って……」


 マルクは呆れて溜息を吐いた。



 一ノ宮王人は、実在する人物だ。

 マルクはアンが心を病んでからも、調査を続けていた。

 調査の過程で、紫龍園で探偵事務所を営む一ノ宮王人に遭遇したのだ。

 アンの心が病んでしまった原因は、久間凛座という催眠術師の影響だ。

 彼は、紫龍園副州議長であるバレックス・オーバーンと、その妻エセフィーレを殺害した重大犯罪者として警備隊に連行された。

 彼は最後の最後まで笑い続けていたが、果たして何者だったのかまではわからずじまいだった。



 王人は、病院を出るとすぐにタクシーを呼んだ。


「アルジー!」


 出口に立ち止ると、後ろから凄い勢いで飛びついてくる人物が現れた。

 その人物は――。


「ジョシュ! いってぇな! 加減しろよ!」

「だって! だって! アルジが浮気するから……」

「浮気じゃねえ! 見舞いだ! 第一、俺とお前は何でもねぇだろ!」

「酷い! 同じ屋根の下で寝泊まりしているというのに! こんなに愛しているのに!」

「いいか、よく聞け。一つ、お前は俺の事務所の居候だ。二つ、居候とは『他人』の家に厄介になる奴のことを言う。よって三つで締めくくる、お前は他人だ!」

「ガガガガーン!」



 ジョシュア・レイニースール。

 彼女もまた、実在する人物。

 王人の探偵事務所で雇われている……というのは表向きの関係で、実際は事務所の居候のような立場で、仕事には特に役立たず、家事手伝いに重きを置いている。


「アルジ! 今からどこへ向かうんですか?」

「……また別の病院だ」


 タクシーが来ると、王人は行き先を告げた。

 その行先は、キランゲ病院。

 紫龍園の端にあるキランゲ岬。その近場に建てられている病院だ。

 王人は、そこでとある人物に会う約束をしていた。

 自分にとって、忘れることが出来ない事件に巻き込まれた人物。

 そう、『紫龍園連続怪死事件』。その、『第三の事件』の被害者の一人だ。



 キランゲ病院




 病室の扉の前に立つと、王人は深呼吸をした。


「アルジ、早く入りましょうよ」

「ジョシュ……わかっているよ」


 急かすジョシュに参りながらも、王人は焦らず落ち着いて扉を開ける。



「……明日雛……」


 中のベッドに横たわっていた少女の名は、白石明日雛。

 彼女は、王人の大学時代の後輩だった。

 大学の名は、ヴァールヴァン学院。

 王人がそこに通っていた年数は三年だけで、明日雛と被っていた時期で言えば一年だけだったが、明日雛とは卒業してからもよく交流していた。


「オートさん……」

「なんだ、思っていたよりは元気そうで嬉しいぜ、俺は」

「……」


 明日雛は目を細めた。


「……明日雛……まだ……足は動かないのか……?」

「……はい……」


 ジョシュは、彼女と王人の関係がどのようなものかを知らなかった。

 なので、入り口の傍で手を前に組んで立ち尽くしていた。

 一方で、王人は明日雛に近づいていく。


「……今日、『水澱ジェラス』を名乗った奴に会いにいった。……どうやら、俺の睨んだ通り、催眠術師に操られていたらしい」

「……それも……七月さん……ですか?」

「いや、また別の奴だ。まったく、催眠術師がそんなに沢山いられても困るよなぁ」


 王人は愛想笑いを浮かべるが、明日雛の表情は生きていなかった。

 だが、王人は真剣な表情に戻して明日雛に詰め寄る。


「なあ、明日雛。俺は、歩けるようになってくれとは言わない。だが……教えてほしいんだ。四年前のことを……本当は何があったのかを」

「………………」


 明日雛は、唇を噛み締めた。

 指も震わせている。

 口を開くことは、どうしても出来なかった。


「明日雛……頼む……」

「…………オートさん……私は……」


 しつこく尋ねられても、明日雛は何も言い出せなかった。

 王人は一旦目を閉じて俯き、もう一度顔を上げる。


「俺は、水澱ジェラスの正体を掴んだ」

「……!」


 明日雛は目を見開いた。


「長かった……だが、偶然その情報は俺の元に入ってきた。エイデン・マクスウェルという名の男からの手紙だ。その手紙の内容は……ある二人の少女についてが語られていた……。一人は……恐らく、リーファ・マクスウェル。そしてもう一人は……水澱ジェラスだ。残念ながら、居場所を掴んだ時、エイデン・マクスウェルはすでに亡くなっていた。だが、彼の手紙だけは残されていたんだ。彼は……何者かに殺されたのかもしれない……。だが、俺はその手紙に書かれたことだけは真実だと信じている。俺はこの四年間、ずっとエイデン・マクスウェルの消息だけを頼りに、調査を続けてきたからだ。次に信じられるのは、お前の言葉しかない。俺にはもう……お前だけしか頼りになるものがないんだ……」


 王人は、縋る様な瞳で明日雛を見つめた。

 明日雛は揺らいでいた。

 全てを話すべきか。

 あるいは、ほんの少し、嘘を吐いて話すか。

 彼女は、思い出を語ることを恐れていた。

 それを話すと、全てを失ってしまう気がしていたから。


「………俺は、お前と水澱ジェラス、そして、蓮二の間に何かあったんじゃないかと考えている」

「そ、それは……!」


 王人は、語ろうとしない明日雛に対して、自分の推測を話し始める。


「お前の蓮二への気持ちは知っていた。だから、この推測が出来た。水澱ジェラスは、蓮二に――」

「止めて!」


 明日雛は、全てを失わないために王人を制した。

 だが……きっと、もう無理なのだろう。

 そう考えた彼女は、『どうせなら自分の手で』と決心せざるを得ない。


「……きっと……オートさんには黙っていても仕方がないんですね……。オートさんは、自力で真実に辿り着いてしまうから……」

「俺はそこまで優秀じゃない。だから、お前の力を貸してほしいんだ」

「……わかりました。………………全て話します。四年前……何があったのかを……」



 それは、彼女にとっては、何もかもが永遠に封じておきたい記憶だった。

 だが、彼女は話し始めた。

 四年前の事件について。

 白石明日雛、水澱ジェラス、そして、鋤柄蓮二の間に起きた、悲劇の思い出を――。

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