第三章「【嘘】 ある少女の思い出」

名乗り



 何も無い。

 わたくしには、何も無い。

 わたくしの思い出は、何も無い。

 わたくしは……誰?

 わたくしは――。



 コツコツコツ



 何の音?

 わからない。

 知りたくもない。



 ガラ



 ドアが開いた?

 何で?

 わたくしには何も無いのに?

 誰が何しに来るの?



「……い……おい」



 誰?

 知らない。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 まだもう少し眠らせて……。




「おいッ!」

「…………誰?」


 知らない。

 わたくしには何の記憶も無かった。

 わたくしには誰もいなかった。

 わたくしは……。


「俺が誰かだって?」


 知らない。

 帰って。

 帰って。

 帰って。


「知らねぇなら教えてやるよ!」


 何故?

 どうして?

 貴方は…………どうしてそんなに――。


「俺ァ、紫龍園一の名探偵! 一ノ宮王人だッ! 覚えておけ!」


 え……?


「貴方は……実在したの?」

「ッたりめーだろ! とっとと起きろ! お前は必ず必要になる! だから早く起きろ!」

「でも……私には何も無い……思い出も……自分の名前すら……」

「は? 眼鏡のにーちゃんからは、『アン』って名前があるって聞いたぜ」

「眼鏡の……?」

「マルク……だったっけな? ほら、そいつも待っているから、早く起きて来いよ! じゃあな!」


 マルク……。

 どうしてだろう。

 その名前は憶えている。

 知っている。

 ああ、そうだ……。

 あの時……『好きだ』って言われて……嬉しかったんだ……。

 ……行かないと――。

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