1032年 11月10日

本間ほんま




 『第二の事件』。

 水澱ジェラスの死の三日後に起きた事件。

 もしそれが無ければ、『紫龍園連続怪死事件』などという括りは生まれていなかっただろう。


 この事件の詳細は、至ってシンプルな、家屋の全焼だ。

 死亡したのは、リーファ・マクスウェルという、水澱ジェラスと年の変わらない少女。

 死因は火傷と窒息。

 一件ただの事故のように見えるが、当時現場では火元が判明されず、メディアがそれを報道すると、水澱ジェラスの事件と合わせて、連続する原因不明の少女の死として大衆が話題にし始めた。

 共通点はもう一つある。

 それは、死んだ二人の両方が『非籍民』だったことだ。

 これは、報道はされなかったが、ネットなどを通して噂が直ちに広がり、大衆も信じていた。

 実際私を含めた警備隊の人間ならば、それが真実であることはわかりきっていた。

 恐らく、情報を知った身内の誰かが流したのだろう。

 まあ、どうでもいいことだ。



 さて、本日のアンは、オーバーン邸から外出をしていた。

 場所は本間邸。

 『第二の事件』で全焼した家は、会社員の本間元春ほんまもとはる氏のものだった。

 現在は新しい家に移り住んでいるが、事件当時は大変なもので、押し寄せるマスコミを払いのけながら住む家を探すのに苦労したとのことだ。


 マルクが話を取り付けたとのことでアンを連れ出してきたのだが、彼は少し入れ込み過ぎの気がする。

 本間氏の家に辿り着くと、私たちは本人に居間まで案内された。


「……本日は……どのようなご用件で……」


 本間氏は、失礼だが、とても辛気臭そうな顔をしていた。

 要件なんて一つしかないだろうに、何故尋ねてくるのだろう。


「『紫龍園連続怪死事件』……その『第二の事件』についてですわ」


 アンはまったく臆することなく伝える。

 彼女は常に微笑を絶やさない。


「……何故……今更……」

「わたくしの為ですわ。わたくしの記憶を辿る為、わたくしに関係のあるかもしれない事件を調べさせていただいていますの」

「……貴方に関係……?」

「正確には、わたくしと水澱ジェラスに関係があるのですけど……」

「……『連続怪死事件』は、メディアが勝手に一括りにして呼んでいただけ……水澱ジェラス氏の一件と、私の一件は関係ありませんよ……」


 これには私も同意見だ。

 警備隊がいくら調査しても、やはり関連性は見つからなかった。

 確実に無関係の事件なのだ。


「果たして、本当にそうなのでしょうか?」


 マルクが眼鏡をクイッと上げた。


「……?」


 私も本間氏も困惑している。

 どうやらアンもだ。


「水澱ジェラスとリーファ・マクスウェルには、間違いなく関係があります。何故なら、彼女たちには『非籍民』としての登録番号があり、その番号の順番から、二人が貴族出身の『非籍民』だと推測することが出来るからです」

「……何を馬鹿な……」


 私としたことが、つい言葉を発してしまった。

 だが、私には彼の言葉の意味がわからなかった。

 『非籍民』の登録番号の順番と、その人物の出身に因果関係があることなど、私は知らなかった。

 いや、そんなことを知っている人間など、この紫龍園の暗部の人間だけのはずだ。


「貴族出身の『非籍民』は数が少なく貴重な存在。僕は、二人が他国から『非籍民』の制度を利用しに来たスパイだとは思わない。彼女たちは……互いの貴重な駒を潰そうとする、貴族間の内部抗争で死んだのではないでしょうか?」

「な……何を……言っている……?」


 本間氏の言う通りだ。

 まるでこの青年は、アンが持っていた書籍の登場人物のような文言を口にしている。

 そんなこと……何の証拠もないというのに。


「マルク、貴方、バックス氏の書籍を信じているの?」


 アンも同様に思ったらしい。


「違うよ。僕は、自分で調べたんだ。登録番号と出身の関連性をね……。ちょっと危ない橋を渡ったけど……」


 危ないどころの話ではない。

 もしここにいるのが私以外の警備隊であったなら、彼がどうなっていたかも想像できない。


「そうではないわ……。貴方は、あたかも二人の死が他殺であるかのように話すけれど、実際は自殺でしょう?」


 アンが私の方を見てきた。

 どうやら、警備隊の意見を聞きたいらしい。


「ああ、そうだ。水澱ジェラスは首吊りによる自殺。首吊りのトリックはあの書籍にも載っていたはずだ。リーファ・マクスウェルは、自分自身を燃やしての自殺。火元が発見されなかったのは、彼女自身が火元だったからだ」


 そう、他殺などあり得ない。

 確かに、動機は不明で現場が何故そこになったのかもわからないが、それだけは確かだ。

 確かでないと、あり得ない。


「……催眠術師は、実在します」



 沈黙が発生した。

 私は真剣な眼差しをするマルクに当惑させられていた。


「何を……言っているんですか?」


 本間氏は、いたく動揺した様子で尋ねた。


「鏑木家のことは知っていますよね? 僕は、実際に彼らを取材しに行きました。そして、催眠術の存在を理解した。……動機不明の二つの自殺の原因は……催眠術師によるものだったからではないでしょうか?」


 私は、催眠術などを信じていなかったわけではないが、信じる気も起きなかった。

 どうでもいいと思っていたのだ。

 鏑木家の存在も。

 紫龍園の暗部も。


「ま、待って!」


 アンが慌てて立ち上がった。


「貴方、それは本当なの? 鏑木家には……本当に催眠術師がいるの……?」

「ああ、いるよ」


 アンは、書籍に記された内容は全て創作だと思っていたのだろう。

 だが、鏑木家自体は実在していることを知っていたはずだ。

 彼女もきっと、そのうち鏑木家を調べようとしていたことだろう。

 だが、自分が調べようとしたこともすでに調べていたこの青年の行動力の速さに、ただただ唖然としてしまっている。


「僕は、紫龍園には闇があると思っています。決して簡単には晴れない闇が。……そして、こちらの彼女は、その闇に関わっている……そう考えています。当然、水澱ジェラスと、リーファ・マクスウェルの二人も……」


本間氏は俯いた。

 何かを考えているようだ。

 まあ、私は何も言うまい。

 ただ、静観するだけだ。


「…………私は……彼女のことを知らなかった」


 どうやら、長い説得だったが、本間氏は話を始める気になったようだ。

 しかし……一体何故だ?


「彼女が何者かはわからない……。だが、彼女は亡くなった妻にそっくりだった……。だから、私は倒れていた彼女を迎え入れた……」

「倒れていた?」


 質問をするのはアンだ。

 マルクはもう黙って話を聞く側に回ってしまった。


「彼女は、私の家の前で、行き倒れていた。……私は彼女を……見過ごせなかった。彼女のことは何もわからなかった……。だが……一瞬でも妻が帰ってきたようで……私は……」

「……やがて……彼女は亡くなった……。本当に何も、彼女についてわかることは無いのかしら?」

「ああ……わからない……」


 本間氏は、棚の上にある亡き妻の写真を眺めた。

 本間氏はもしかしたら、リーファ。マクスウェルの正体を知りたかったのかもしれない。

 だから、急に話す気になったのではないだろうか?

 まあ、私には関係が無いか……。



「……彼女と水澱ジェラスには、もう一つ関係がある……」

「え? な、何かしら?」

「彼女は……ヴァ―ルヴァン学院に通いたがっていた……。私は……『非籍民』の彼女を養子に迎え、通わせてあげたかった……。水澱ジェラスの亡くなった……あの学院へ……」


 その程度では関係とまでは言えないだろうと思ったが、嗚咽を漏らす本間氏には、誰も何も言わなかった。

 この話は、事件当時の四年前には誰にも言わなかったことだろう。

果たして、未来を夢見る娘に、どんな死ぬ理由があったのだろうか。

 まあ……どうでもいいか。



 夜 オーバーン邸




 私の勤務は七時に終わる。

 まあ、一日中拘束されるのは非常に堪えるが、アンが外出しない日や客人が来ない日は、基本的にソファに座っていられるし、屋敷の使用人が紅茶も入れてくれる。

 アンの方も、一日中中年のおっさんに監視されているのは辛かろう。

 最近はマルク青年が非常に明るい雰囲気で訪れてきてくれるから、多少は彼女もストレスを軽減させているといいが。


 屋敷を出ようとしたところ、帰宅してきた副州議長のバレックス・オーバーン氏と、妻のエセフィーレ氏に出会った。


「お疲れ様です」


 私は軽く会釈をする。


「ああ、万丈警部、ご苦労様です。……本日はあの子が外出すると話していましたが……?」

「はい。本間元春氏の下に訪問させていただきました」

「……やはりあの子は……『怪死事件』について調べているのですか……」


 浮かない顔をしている。

 当然のことだろう。

 オーバーン氏は副州議長。

 つまり、この紫龍園において、上から二番目の存在なのだ。

 『紫龍園連続怪死事件』は彼ら上流階級の貴族にとっては忌むべき事件。

 たとえ、この事件に裏があろうと、無かろうと。


「……万丈警部、あの子を止めることは出来ませんか?」

「難しいですね……私に彼女を拘束する権限はありませんので……」

「……では、これだけは伝えておいてください。『危ない真似はしないように』……と」

「え……は、はあ、わかりました。……ですが、それだけなら副州議長殿から直接おっしゃればよいのでは?」

「いやぁ……お恥ずかしいことに……私はその……あの子に嫌われることをするのが…………いえ……すみません、忘れてください……。あはは」


 オーバーン氏は頭を掻いていた。

 隣でエセフィーレ氏が口元を手で押さえながら笑っている。


 どうやら、私は思い違いをしていた様だ。

 この二人は、本気でアンのことを心配しているだけなのだ。

 本間氏が亡き妻に似たリーファ・マクスウェルのことを想っていたように、彼らもまた、亡き娘に似たアンのことを想っているのだ。

 果たして、本当に『怪死事件』に裏があるのか?

 もはや何が真実かわからない。

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