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  翌日 一ノ宮探偵事務所




 その朝、王人の下に、ショッキングなニュースが届いた。


「アルジ……一体どうして……」


 所長机で新聞紙を広げながら、王人は絶句していた。



『昨日未明、新聞記者のバックス・ウィルソン氏が遺体で発見され――』



 王人とバックスが出会ったのは、ほんの数日前のことだった。

 催眠術師の存在を信用し、何か気になることが出来たとのことで、彼とは連絡が一時的に途切れていた。

 そして、この訃報。

 王人は、嫌な予感を感じずにはいられなかった。


「アルジ……」


 王人の遣る瀬無い表情を見たジョシュアも言葉が出て来なかった。


「……偶然……か……?」



 Prrrr



 その時、王人のケータイが鳴り出した。


「はい、一ノ宮探偵事務所です」


 事務所の電話ではないのだが、王人は当惑していた。


『僕だよ、オート』

「その声……サイトか?」

『話があるんだ。会えないか?』

「今からか?」

『別に急ぎではないが……君が急ぎたいかによるな』

「どういう意味だ?」

『催眠術師についての情報だよ。【第一の事件】に関わっていた可能性のある……ね』

「!?」


 王人は驚愕しつつ、急ぎで会うことを約束した。

 電話を切ると、王人は早速出かける準備をした。

 ジョシュアには普段の仕事の資料の整理などを任せていたため、一人で向かうことした。



 王人は胸騒ぎを抑えずにはいられない。

 胸に抱えたざわめきの正体に、自分自身では気付いていた。



 鏑木邸




 鏑木家の庭は、山の中にあるとは思えないほどだだっ広い平地が続く、巨大な庭だ。

 才人は訪れた王人を庭に連れて行くと、麓の町々が見える位置まで移動した。

 そこは一歩前に進めば崖から真っ逆さまの場所だが、柵で落下しないようになっている。

 二人はその柵の手前で話を始めた。


「サイト、一体誰なんだ? 『第一の事件』に関わっている催眠術師っていうのは」


 王人は早速質問した。


「結論から話すのは好きじゃないな。まずは、調査の経緯から話させてくれ」


 王人は才人の性格をよくわかっていた。

 何も言わず、黙って才人の話を聞く体勢を取った。


「実は、僕も君から話がある前に、催眠術師が事件のいくつかに関わっているんじゃないかと睨んでいた。そして、半年前からずっと、我が流派の催眠術師を洗いざらい探っていたのさ」

「いくつか……というのは、お前の屋敷で起きた『第四の事件』は関係ないってことか?」

「……ああ、それだけは別だ。あれは、怪死事件でも何でもない」


 王人は思うところがあったが、話を逸らすと長くなるので何も言わなかった。


「……そこで、ある人物をずっと疑っていたんだよ。うちを破門になった、ある人物を」

「……そいつが、『第一の事件』に関わっていると、何故わかった?」


 一刻も早くその正体が知りたい王人だったが、才人のペースに合わせ、彼が言わんとしていることを言いやすいようにアシストする。


「……それは……彼女が元『非籍民』だとわかったからだ」

「!?」


 王人が驚いたのは、『彼女』という単語に対してだった。

 王人には、心当たりがあったのだ。


「彼女の名は――七月柚絵ななつきゆえ。僕と君の幼馴染だ。よく覚えているだろう?」



 王人は、記憶を呼び起こした。

 幼いころ、三人でよく散屍山を使って鬼ごっこをして遊んだ。

 才人は泣き虫だったが、柚絵は気丈な性格だった。

 王人が才人に意地悪をするたびに、よく柚絵に叱られた。

 柚絵は、曲がったことが嫌いだった。

 だが――。


「彼女は、禁忌を破り、うちを破門になった。……思い返せばそれも、『非籍民』を救うために仕方なく貴族に催眠術を使った……という話だった。まさか……彼女が『非籍民』だったとは知らなかったよ。いや……知ろうとしなかっただけか……」


 王人は愕然としていた。

 だが、どうしても納得がいかなかった。


「アイツが……人を殺すために催眠術を使ったってのか……?」

「……君は、彼女のことをどれくらい知っている?」


 才人の問いかけは、自分に対するものでもあった。

 だが、間違いなく王人も柚絵についてはわかっていなかった。


「彼女は、十一代目……爺様が拾った捨て子だった。まさか、『非籍民』として育てているとは知らなかったが、爺様に問いただして、僕は愕然としたよ。……彼女は、紫龍園の暗部で活躍させる、駒だったらしい」

「駒……だと?」

「ああ……僕らと山を駆け回ったあの頃から、彼女は催眠術で人を操り、人を死なせてきたんだ」

「ば……馬鹿な……死なせるって……どういうことだよ!?」


 王人は激高した。

 催眠術の存在は知っていた。

 だが、それは決して悪用してはいけないもののはずだった。

 才人からも、催眠術の使用に関しては重大な制限があると聞いていた。


「……鏑木家は、十二代目である僕の父の代から変わった。それ以前は、紫龍園の闇と深くかかわっていたんだ……。父様は催眠術師を正すために尽力していたが、爺様はそれに反対していたんだよ。そして、父様に隠して七月を暗躍させていたんだ……」

「何……だよ、それ……」

「紫龍園の発展には、いくつもの人間の屍が下敷きになっている。催眠術師を利用したことによって生まれた屍だ。七月も例外はなく、何人も政敵を暗殺してきたと爺様は語ったよ」


 王人は、才人の言葉に動揺を隠さずにはいられなかった。

 自分の記憶の彼女は、いつも柔和な笑顔を見せていたからだ。

 それでも、頭は冷静だった。


「……紫龍園の闇は、今はどうでもいい。お前が昔、『僕が変えていく』って話をしていただろ? それより、問題は『紫龍園連続怪死事件』だ。もし催眠術で一般人を殺している奴がいるのなら、紫龍園は裏だけじゃなく、表も闇に飲み込まれることになる……そうだろ?」

「……『一般人』……か」

「……何だよ」


 目を細める才人が、何を言いたいのかがわからなかった。


「……少なくとも、『第一の事件』の死者は『非籍民』だ。……催眠術師の手で殺されても……問題がない……」

「あ? 何言ってんだ?」

「わからないか? 僕は……七月が、州議会の指示で水澱ジェラスを殺したのだと推理したんだ」

「な……」


 州議会は、紫龍園州の最高権力機関。

 つまり、『非籍民』がいくら死のうと、彼らがそれを望んでいるのなら、紫龍園自体には何も問題は起こらない。

 州議会が七月柚絵を抱えているのならば、表では催眠術は平和的にしか利用されない一方で、裏では七月を利用した暗殺が蔓延る……そんな状態が続けられるのだ。


「……僕は、彼女を何とかして見つける必要がある。寝たきりの爺様を脅迫してまで手にした真実だ。僕は……催眠術を悪用するものを許せない……たとえ彼女でも」

「待てよ……待て! どうしてアイツが州議会に従うんだよ!? 州議会は上流階級の貴族で成り立っている機関だ! アイツは貴族が嫌いだったはずだろ!? だから破門されたんじゃ……」

「それも、爺様の策略さ。変わろうとしていた鏑木家から逃がすために……わざと破門になった」

「じゃ、じゃあ! 何で水澱ジェラスを殺す必要が、州議会にあるんだよ! 『非籍民』は、取るに足らない存在じゃないのか!?」

「それは、一般的な貧困層や犯罪者の『非籍民』さ。だが、貴族の中で暗躍するために『非籍民』を育てる連中もいる。水澱ジェラスは、きっと『非籍民』の制度を利用した他国の人間だ。この国で暗躍するために、自分の全てを捨てた人物だったんだよ。だから……州議会にとって邪魔な存在だった」


 王人は声を荒げながらも、冷静さを保っていた。

 彼にとって何より重要なのは、あくまでも真実だったのだ。


「それは……お前の推理でしかないんじゃないのか……?」

「その通りだ。だが……州議会の駒である彼女なら、『第一の事件』に関わっていてもおかしくはない……むしろ、『第一の事件』をただの自殺で済ませたくないのなら、そういった推理しかあり得なくなるんだよ」


 実際、催眠術師で事件に関係している可能性があるのは、七月柚絵だけだった。

鏑木家で現在催眠術が使える人物は皆アリバイがあり、他に鏑木家を破門になった者は、皆催眠術が使えなかったことが原因していた。

 催眠術を使えるのに禁忌を犯して破門になったのは、今は柚絵だけだったのだ。

 少なくとも、才人の調べた限りではそうだった。


「……わかったよ……ありがとう、サイト」

「いや、こちらこそだよ、オート。……どうやら、もう少し自浄作用が必要だと自覚した」


 才人の目には疲れが見えていた。

 ここまでかなりの労力を使って調査を進めていたのだ。

 そして、催眠術を悪用する可能性がある者がまだいることに、必ず対処しようと決意している眼差しにも見えた。

 少なくとも、王人にはそう見えた。



「……最後に、一つ、お前の耳に入れておきたいことがある」

「……ああ、知っているよ、バックス・ウィルソン氏のことだろう? ……残念だ」


 才人は声のトーンを落としてそう言った。


「……七月が関係していると思うか?」

「……わからない。彼が何を調べたかったのかを、僕は知らないからね」


 残念そうに息を吐く才人を見て、王人は思案に更けた。


 ――ウィルソン氏は、何故『紫龍園連続怪死事件』を調べていたんだ?

 ――そして、催眠術の存在を知って、何を調べようとしたんだ?

 ――わからない。

 ――いや……俺は、本当にわからないのか?



 散屍山の上の空には、入道雲が漂っていた。

 この先の天候だけではない。

 事件の行く末までも暗示しているかのように――。

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