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 ヴァールヴァン学院




 王人とジョシュアは、紫龍園最大の大学であるヴァールヴァン学院に来訪していた。

 大和国の大学は、十二歳以上の全ての国民に試験を受ける権利があった。

 その中でも紫龍園州のヴァールヴァン学院はレベルが高く、大学の卒業までの最大年数は十年だが、数年足らずで卒業してしまう比較的優秀な人材が揃っていた。


「アルジ、素敵な場所ですね、大学って!」

「ああ、そうだろう、そうだろう。ちなみに、ここは俺の母校でもある。ま、十年分の課程を三年で卒業しちまったけど」

「ええ!? アルジってそんなに頭良かったんですか!?」

「……一つ、俺は探偵を務めている。二つ、探偵に頭脳は欠かせない。……よって三つで締めくくる。俺が頭悪いわけないだろ!」


 ジョシュアは王人の独特の言い回しに聞き慣れていた。

 『はいはい』と適当に流して足取りを進めた。


「……で、ここには何があるんですか?」

「ここは……『第一の事件』の現場だ」

「……それは、どんな事件だったんですか?」


 ジョシュアの問いに、王人はゆっくりと答えた。

 そして、彼女に『第一の事件』の全貌を語った。



 『第一の事件』は、ヴァールヴァン学院のA館一〇三教室で発生した。

亡くなったのは、当時およそ十二~十四歳と見られる少女・水澱みずおりジェラス。

死因は首吊りの頚部圧迫による自殺。第一発見者は学院の警備員で、教室は密室だった。

 だが、この事件には一つ、大きな謎があった。

 それは、『どうやって自殺したかがわからない』というものだった。

 何故かというと、発見当時、死亡者は首を吊っておらず、傍に紐はあるものの、どこから釣っていたのかがわからなかったからだ。

 これが原因でこの事件は当時まだ自殺と断定されることが無く、メディアはこぞって有名大学内における殺人の可能性を打ち立てたり、怪死事件と取り上げたりした。


 『紫龍園連続怪死事件』がそう呼ばれるようになった発端の事件ではあるが、他の三つの事件は別にこの『第一の事件』と明確な関係があると判明したわけではなく、たまたまこの『第一の事件』が世間で騒がれている時に起こった三つの怪死事件を、この事件と合わせて総称するようになっただけだった。



「――それで、アルジはどうやってその事件が自殺だとわかったんですか?」


 話の途中で、ジョシュアは目を輝かせながらそう質問した。


「ドアだよ」

「ドア?」

「水澱ジェラスは、紐をドアに括り付けていた。だが、それはドアを開けると外れる仕掛けになっていたんだよ。恐らく、本人ですら想定していなかった仕掛けだろうけどな」

「え……その仕掛けというのは?」

「大学のドアにはドアノブが無い。だから水澱ジェラスは、ドアラッチに紐を掛けたのさ。そこらの安いドアならラッチも壊れて死ねなかっただろうに、ヴァ―ルヴァン学院のドアは頑丈過ぎたんだ」

「……すみません、ラッチって何ですか? エッチと同じ意味ですか?」

「アホか。ほら、ドアの留め金の部分のことだよ。金属の」

「あ……なる……ほど?」

「わかってねぇな?」

「でも! アルジの凄さはわかりました!」


 ジョシュアは尊敬のまなざしを向けていたが、王人は呆れていた。


「いや……俺はたまたま一番早く気付いたってだけで、警備隊の連中も調べているうちに気付いていただろうぜ」

「でも! アルジが凄いことには変わりませんよ!」

「そうか?」

「そうです!」

「そうだよなぁ!」


 二人は周りの目を気にすることなくガハハと笑った。



 二人の目的地は、学院内にあるとある研究室だった。

 目的地に辿り着くと、王人はある人を呼んだ。


蓮二れんじ! 明日雛あすひな! いるか!?」


 王人が声を上げると、待っていましたと言わんばかりの勢いで、ジョシュアと年の変わらなさそうな少年少女が姿を現した。


「一ノ宮さん!」

「師匠!」


 二人は満面の笑みを浮かべていた。


「紹介しよう、こっちの生意気そうな野郎は鋤柄蓮二すきがられんじ。で、こっちのうるさそうなのが白石明日雛しらいしあすひなだ」

「一ノ宮さん! そっちの女の人は誰ですか!?」

「師匠! 俺らというものがありながら……!」


 あまりの押しの強さにジョシュアは戸惑いを隠せない。


「コイツは俺の部下のジョシュ。ジョシュア・レイニースールだ」

「助手!? お、俺は!? 俺の方が師匠の下について長いんすけど!?」

「いや、ジョシュっていうのは愛称で……ってか、お前ら別に弟子でも何でもないからな?」

「え……ま、まさか私もですか!?」

「ああ、二人とも」


 王人の言葉に、二人は肩をガックリと落とした。

 ジョシュアは、どうやら二人と王人にはただならぬ関係があるのだろうと予想した。


「そんなことより、今日は後輩のお前らに頼みがあって来たんだ」

「え!? 俺らに頼みすか!? 教授も呼んできた方がいいっすかね?」

「いや、その必要はねぇよ。聞きたいのは、前にも一度聞いたことの確認だけだ」

「確認?」


 蓮二と明日雛は頭の上に疑問符を浮かべていた。


「単刀直入に言おう。『紫龍園連続怪死事件』……その『第一の事件』で死んだ少女・水澱ジェラスは、このヴァ―ルヴァン学院の生徒ではなかった……間違いないよな?」


 事件は確かにこの学院内で発生した。

 だが、水澱ジェラスについては謎が多かった。


「……『紫龍園連続怪死事件』……師匠、まだ調べていたんすね」

「まあな」

「……間違いないっすよ。俺らで必死に調べたんすから。彼女はこの学院の生徒でないどころか、そもそもどこの誰かすらわからなかったっす」

「えっ」


 ジョシュアが声を上げた。


「ま、待って下さい。どこの誰かすらわからなかったなら、どうして名前は判明しているんですか?」


 当然の疑問を受け、王人が答える。


「……水澱ジェラスは、『非籍民ひせきみん』なのさ」

「『非籍民』……?」

「ジョシュ、お前は知らないのか……なら、話しておいた方が良さそうだな」


 王人は、淡々とその言葉について説明した。



 『非籍民』とは、紫龍園州において、戸籍や出生、存在に関する全ての事柄を抹消された人間のことを指す。

 その理由は様々で、重犯罪者や身分の限りなく低い貧民層などが主な『非籍民』の対象となる。

 必ずしも差別的な処分として存在する制度ではなく、政治的に暗躍するための処置にも使われることがあり、一般には公表されてはいないが、紫龍園の住人なら皆が知っている言葉だった。


「水澱ジェラスは、紫龍園の暗部の人間だった。だから、全ての情報がシャットアウトされていたが、警備隊だけはその存在を把握していた。『非籍民』の一部には、貴族の使用人やスパイとして生きるため、名前がない代わりに登録番号があるからな……」

「番号って……まるで奴隷じゃないですか……」


 ジョシュアの言葉に、紫龍園出身の三人は沈黙せざるを得なかった。

 だが、王人は再び口を開き、説明を続ける。


「マスコミが事件を嗅ぎつけた際、警備隊は『非籍民』の公表を避けるため、仮の名前を用意した。それが、『水澱ジェラス』という名だったわけだ」

「でも……アルジたちは『非籍民』の存在を知っているんですよね? 公表されていないのに、一体どうして……」

「紫龍園に住んでいれば、貧困層の住む『橋の下街』は嫌でも目に入る。中、上流階級の住む都市部との違いは明白だ。そして、役所に通えば、連中の存在が無いものとして扱っていることも……嫌でもわかる。『非籍民』の存在は知られている。だが、州議会はそれを公に認めるわけにはいかないのさ」

「えっと……それは、何故ですか?」

「紫龍園はかつて、この国でも弱小の都市だった。だが、あの手この手を使って、今ではこの国最大の貿易都市に成長した。だというのに、今更黒い噂を流されて没落したら堪らないだろ?」


 頭がそこまでいいわけではないジェラスには、どうしてそうなるのかがわからなかった。

 だが、どうしようもないということだけは彼女にもわかった。


「……もしかして……水澱ジェラスさんは、紫龍園州に利用されたくなくて……自殺を……」


 明日雛が考察を語る。

 だが、自殺の動機はわかっていなかった。

 それは、他の怪死事件も同様である。


「いや、それはわからない。結論を急いでも仕方ねぇだろう。まずは再確認だ……二人とも、今は時間あるか?」

「もちろん! 私、暇なので!」

「俺もっすよ! ……あ……いや! 暇っす!」

「今、何か思い出したろ」


 蓮二は慌てて頭を掻く。


「い、いやぁ、ちょっと課題が……いや! 大丈夫っす!」

「よし、じゃあ明日雛、協力頼むよ」

「そんなぁ!」



 肩をすぼめる蓮二を尻目に、王人はジョシュアと明日雛を連れて移動した。



 ヴァールヴァン学院 A館一〇三教室




「あー! 成程! これがエッチなんですね!」

「ラッチな」


 事件現場にやって来た三人は、改めて水澱ジェラスが自殺に利用したと思われるドアラッチを調べ、そこで首吊りが出来るかを再確認した


「……確かに、鍵を閉めていれば、ドアと壁の隙間に細い紐を通して、首を吊るすことは出来そうですね」


 明日雛は手を顎にのせながら思案する。


「実際出来た。頑丈さに驚いたけどな。……問題は、本当に一人でそれをやったかだが……」

「どういうことですか?」

「教室の鍵は、警備員室にあった。仮に彼女が教室を閉める前に、警備員にバレずに侵入していたとしても、ドアが締め切った後に紐を通すのは困難だ」

「確かに……不可能とは言い切れないですけど……だったら別の場所で自殺しますよね?」

「ああ。つまり、彼女はここで自殺する理由があった。あるいは……協力者がいた……」

「後者の線が有力に見えますね」

「……俺も警備隊にはそう言った。だが、連中はそれ以上調べることは無く、単独の自殺として処理した。それがどうも納得がいかない……」

「いずれにしろ人ひとりの自殺には変わりないからでしょうか?」

「それもあるだろう。水澱ジェラスが意識のある状態で首をくくって殺すのは困難だし、意識を奪った形跡はない。自殺には違いない……だが」


 王人は、教室の中を歩き回りながら話を続ける。


「催眠術師が関わっているとすれば、話は別だ」


 明日雛は息を飲んだ。

 彼女もまた、催眠術師の存在を認識していたのだ。


「催眠術師が水澱ジェラスを操り、自殺に見せかけて殺した可能性はある。……その場合、疑問が一つ増えるけどな」

「それは……何ですか?」

「ああそれは――」

「うあああああああ!」


 突然、ジョシュアが叫んだ。

 二人は驚いてずっとドア付近にいた彼女の方に目を向ける。


「何ですか! 何ですか! さっきから! 二人で仲良くお喋りして! 私が頭悪いことをいいことに! 私を差し置いてイチャイチャして! アルジの浮気者―!」


 王人は、泣き叫ぶジョシュアに呆れながら歩き寄る。


「あのな、ジョシュ、俺たち今大事な話をしていて……」

「私よりですか!?」

「うーん……」


 明日雛は二人に呆れた目を向けつつ、自分なりに思案を進めた。


 ――催眠術師……。

 ――この街にいれば、鏑木家の存在は誰でも知っている。

 ――彼らが事件にかかわっている?

 ――だとすれば……一体この事件の終着点はどこに行くの?

 ――催眠術師を裁くことなんて……。



 催眠術師の家系『鏑木家』は、『非籍民』と同じ様に一般公表されていない存在。

 だが、紫龍園に住む者は誰でも知っている。

 催眠術師は、確かに存在しているということを――。

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