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 鏑木邸




 鏑木邸は、紫龍園の観光スポットである散屍山に立地している。

 莫大な敷地面積を持ち、いくつもの邸宅が立ち並ぶ。

 鏑木家はこの紫龍園において、その存在を知らぬものはいないと言っても差し支えない程の有力者だった。

 政界、財界に数々のパイプを持っており、その権力の及ぶ範囲は紫龍園にとどまらないとすら言われていた。



 王人たちは鏑木家にやって来ると、早速当主との対談にこぎつけた。

 和室の応接間で三人が待ち望んでいると、少しして当主と見られる若い男が現れた。


「やあ、久しいな、オート」

「ああ、久しぶりだな、サイト」


 その態度から、バックスは二人の関係性を察した。


「紹介しよう、こちら、依頼者のバックス・ウィルソン氏。そして、部下のジョシュア・レイニースールだ」

「初めまして、鏑木家第十三代当主、鏑木才人かぶらぎさいとです」


 初対面の三人は、それぞれ挨拶に会釈をした。


「彼は私の親友でね、ガキの頃からの付き合いなんですよ」

「成程……」


 バックスの想像していた通りの関係だった。

 王人がそう説明すると、何故だか才人が口元を抑え始めた。


「わ……私? ク……クク、フフ……。ず、随分丸くなったじゃないか、オート。クフフフ」


 才人は笑いを堪え切れなかった。


「笑うなよ……依頼人の前なんだから」


 王人は露骨に不機嫌な表情を才人に向けた。

 彼にとっては弄られたくない部分だったのだ。


「ああ……済まない……フフフ。いや、気を付けるよ、フフ、ハハハ」

「てめぇ……」


 才人が笑みをなんとか止めると、真面目な顔を取り戻した。


「さて……それで、今回は何の用かな?」

「そうだな……率直に言おう。俺たちは、『紫龍園連続怪死事件』について調べている」

「…………またその話か」


 才人は苦笑いした。


「え? 『また』というのは?」


 バックスが尋ねる。


「事件の遭った半年前、オートは『紫龍園連続怪死事件』について調べていた。そしてオートは四つの事件の解決に、実際に助力した。警備隊からも一目置かれていたね」

「な……そ、そうだったんですか?」


 バックスが王人に尋ねると、彼は気まずそうな表情を浮かべていた。


「事件は君のおかげで解決した。そうだろう? 今更何を調べることがある?」

「……全てが解決したわけじゃない。俺は、まだ納得がいっていないことがある」

「それは……僕らのことか?」


 王人は頷いた。


「それだけじゃない。あの事件は、意味のわからないことが多すぎた。上っ面だけ解決しただけで、結局真相はわからないままだ。ウィルソンさんも、俺と同じことを思っていたらしい」


 そう言ってバックスの方に目をやった。

 バックスもジョシュアも、ただ黙って話を聞いていた。


「なあ、サイト、教えてくれ。お前はどう思っている? あの事件の裏には……何かがあったんじゃないのか?」

「……少なくとも、僕にはわからない。ただし……」


 才人はじっと眉をひそめた。


「もしかしたら……という話は……いくらでも出来る」

「俺は、前にもお前に聞いた。その時ははぐらかされたが、お前自身の意見を聞きたい。お前はどう思っている?」


 王人は、拳を握り締めながら質問を続ける。


「『紫龍園連続怪死事件』には、催眠術師が関わっているのか、どうか」


 バックスは、未だに信じられずにいた。

 当然の話だ。

 催眠術などというのは、所詮少しばかり他人の精神に揺さぶりを与えるだけ。

 『他人を自在に操る』ことなど、出来るはずがないと考えていたのだ。


「僕の意見……か。そうだな……それなら一言。……イエスだと言っておこうか」

「!?」


 この場で唯一バックスだけが驚愕していた。

 いや、もはやそのことにすら驚愕した。

 王人も、ジョシュアも、才人も、みんな当たり前に催眠術の存在を受け入れている様に見えた。

 自分だけがおかしいかのような状況。

 取り残されているような感覚に襲われた。


「ま、待って下さい! 何の話をしているんですか!? 催眠術なんて、そんなもの、あるはずがない! そんなものが――」

「ありますよ」


 才人が口を挟んだ。


「試しに、見せて差し上げましょうか?」

「おい、サイト」


 王人が窘めるが、バックスには何を窘めているのかがわからない。


「ちょっと信じてもらうだけさ。まあ、両の手をパンッと合わせてやれば目を覚ますよ。……どうですか? 催眠術に、掛かってみたくはありませんか?」


 バックスは息を飲んだ。

 目の前の若い男の言葉は、まったく現実味の無いものだった。

 信じられない。

 だが、確かに少しばかり期待と不安を抱えている自分がいる。

 果たして、どうするか。

 答えはすぐに出てきた。


「……お願いします。本当にそんなものがあるのなら、是非とも証明してもらいたい」


 才人は優しく微笑んだ。


「それでは、僕の両の手を見てください。これから貴方に催眠術を掛ける。僕が手を合わせた瞬間、貴方は意識を失い、僕の意のままだ。もちろん、しきたりで悪用することは出来ませんので、取り敢えず外に出てもらうように指示をします。そして、再びそこで意識を戻してもらいます。……つまり、貴方からすれば、パンッと鳴った次の瞬間には外に出ていることになる。もし、今僕の言う通りになったなら、催眠術のことを信じていただけますか?」


 才人の言葉は、既に術中に嵌めようとするかのように流れるような語り出しで、バックスは身構えざるを得なかった。


「……はい、わかりました」

「それでは、始めましょう」


 才人は、掲げた両手を勢いよく合わせて叩いた。

 次の瞬間――。



 バックスは……もう疑いを捨てていた。


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