第16話
トラヴィスの部屋を飛び出したが、目に映った広すぎる王の間の全景にノールは立ち止まる。玉座を背面から眺め、室内に並び立つ支柱を目で追っていく。その終点で、扉付近の警備を担当する二人の兵士と目が合った。
兵士達はノールが一人だけであることに気づき、兜の下から声を張り上げる。
「ッ! 貴様ッ! 何故一人で出てきたッ!」
「そこを動くなッ! 見張りの者はどうしたのだッ!」
防具に隠れた顔は同一なのかと疑いたくなる似通った口調で、兵士達はノールに詰問する。
彼としてはそんなものに付き合っている暇はない。
答える代わりに、ノールは覚悟を決めて床を蹴る。
「そいつを捕まえろッ!」
トラヴィスの私室でノールに倒された見張りの声が、背後から身体をすり抜けていく。
伝令はノールを待ち受ける二人の兵士に大儀を与え、彼らは手慣れた動作で鞘から刃を引き抜いた。
二人の兵士は一様に剣尖を正面に向けて、刃を中断に構える。
勝ち目がないのは自明の理だった。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
たとえ殺されないとしても、状況を悪化させるわけにはいかなかった。
兵士達は精神を研ぎ澄まし、敵に浴びせる一振りを想像する。
ノールは勢いを緩めず支柱の間を駆け抜ける。
中央の階段を飛び降りて、軽い衝撃を膝で緩和させて走り続ける。
兵士達は剣を振り上げる。
具現化した殺意にも怯まず、ノールは道具袋の一つに手を突っ込んだ。
丸々とした物体を力強く掴むと、袋から引き抜いて兵士達の足元に投げつける。
床に衝突すると同時に、投擲された物体が弾け、白煙を周囲に拡散させた。
今まさに剣を振り下ろそうとした兵士達は、突如発生した謎の煙に視界を奪われ、ノールを見失い混乱する。
更にノールは別の道具袋から複数の小石を取り出し、白煙に向かって投げつける。
鎧とぶつかる音が聞こえた後、兵士の剣が無闇に暴れる。
ノールは同士討ちをしそうな兵士を尻目に、充満した白煙の外から壁を伝って巨大な扉までたどり着いた。
重量のある扉を、彼は肩を当てて押し開けた。
「何事だッ!」
廊下に立っていた兵士が、王の間の扉から漏れた白煙に驚いて声をあげる。
「火事だッ! 助けてくれッ!」
「なにッ! 火元はどこだッ!」
「んなもん知るかよッ!」
吐き捨てるように言って、状況に戸惑う兵士を置いてノールは階下に向かう。
「何をしているッ! 奴は反逆者だぞッ!」
「な、なにッ!?」
煙の中から出てきた兵士が、廊下に立っていた兵士に声を張り上げる。
兵士達は揃ってノールを追い始める。
追いつかれないよう、長い階段を可能な限り早く下りていくノール。
防具が重いのか、それとも視界が悪いためか、兵士達は階段を下りる速度が遅かった。ノールとの間合いが徐々に開いていく。
「はっ、こりゃあ滑稽だぜ。城に仕える奴が城で誰よりも動きが鈍いなんてな! てめぇらと遊んでやる暇はねぇんだよ!」
これならば逃げ切れると高を括る。
彼が二階に到達しようとした時、二階広間にいる多数の兵士達が彼の姿を目撃した。
「貴様ッ! 騒がしいぞッ!」
「そいつを捕らえろッ!」
「何ッ?」
「侵入者だッ!」
追っ手との間で言葉が飛び交うと、二階の兵士達もまた刃を引き抜いてノールを捕らえようと詰め寄ってくる。
「ちっ、適当なこと言いやがってッ!」
侵入したんじゃなく招待されたんだろうが。そんな弁明は意味もないので口にせず、他にどうすることもなくノールは階段を下りた先にあった部屋に駆け込んだ。
そこは資料室だ。身長より高い本棚が規則的に配置されており、いずれにも隅から隅まで書類や本がぎっしり詰まっている。
興味はあったが、悠長に見学している場合でない。ノールは部屋の奥に向かって走っていく。
部屋の端には、案内役の兵士が言っていたようにバルコニーがあった。すぐ下には、侵入者を拒む広大な面積の池が静かに揺れている。
「どこだッ! おとなしく姿を現せッ!」
「奥だッ! 奥を探せッ!」
近寄ってくる声にノールは焦りを募らせる。
間もなく本棚の林を抜けてバルコニーに辿り着いた多数の兵士は、何かが池に飛び込む音を耳にした。
兵士達は転落防止の欄干に手を置くと、眼下の水面に目を向ける。
池の水面の一部から緩やかな波紋が広がっているのを、複数の兵士が目撃した。
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