第6話

 広場には普段は置かれていない高台が設置されており、その頂上に立ったトラヴィスが詰め掛けた国民達を見下ろしていた。周囲では顔を兜で隠した近衛兵が防衛線を引いている。この堅牢な態勢では、誰も反抗に及ぼうなどとは考えないだろう。人一倍強い憎しみを抱くノールですら、そんな愚考は早々に切り捨てた。

 広場を埋め尽くすまでに集まった国民達が、所々でざわめきを漏らしている。


「静まれッ!」


 トラヴィスの隣にいる兵士が大きな声で恫喝すると、一転して周囲は静寂に支配される。音がなくなってから、高台にいるトラヴィスは気味の悪い笑いを浮かべながら視線を巡らせた。


「たくさん集まりましたねぇ。随分と減らしてしまったかと心配しておりましたが、案外そうでもなかったんですねぇ。ふむ。後学として覚えておきましょう」


 予測していたよりも多くの国民が集まったことに感心すると、トラヴィスは高台の上で小さな円を描くように、ゆっくりと歩き出した。


「皆さんの前に姿をお見せするのも久方ぶりですねぇ。商店街を直接視察するのも久しぶりですが、以前より活気があるんじゃないですか? これは、まだまだ皆さんには余裕がある、というふうに捉えてしまっても構わないのでしょうかねぇ? ひっひっひっ。優秀な国民の皆様には、毎度助けられてばかりで申し訳ありませんねぇ」


 ノールの背後から、「また税率があがるのか……」という呟きが聞こえてきた。


「ですが、いまは金銭的な面では困っておりませんので、それはまた別の機会といたしましょう」


 その一声で、肩から力を抜く者が何人もいた。国王がわざわざ国民を集めたのは、税率を引き上げる政策を周知させるためだと推測していた者が多かったようだ。

 胸を撫で下ろす者がいる一方で、その発言に当惑した表情を見せる者も多かった。疑念の視線を感じて、トラヴィスは片方の眉尻をあげる。


「おや? それならばなぜ、どうして私がここにいるのかと、そう思っている方が多くいらっしゃるようですねぇ。ふむ。仕方ありませんか。ご無沙汰しておりましたし、もう少しばかり世間話でもさせていただこうと思っておりましたが、本題に入るといたしましょう」


 初めに立っていた位置へ戻ると、トラヴィスは眼下の国民達を見回した。


「私が皆様の前に立たせていただいた理由。それは、私がこの国の王であるべき正当性を、皆様により深く理解していただくために他なりません。この国は幾度も戦火に包まれ、何度も大きな傷を負いました。時には私も命を狙われましたが、こうして今日も尊い生を謳歌しております。なぜ、私がまだ生きながらえているのか。国民の皆様にわかりますか? いえ、きっとわからないでしょうねぇ。では教えてさしあげましょう。これは、決して偶然などではありません。私が今もこの国の頂点で存命している理由。それは、私が未来を予知できるからなのですよ」


 広場中にどよめきが走る。


「静粛にッ!」


 またもや兵士が一喝すると、すぐさま広場に静寂が戻る。


「ひっひっひっ、信じられないのも無理はありません。ですが、気にする必要もありませんよ。そう考えるのは何もおかしなことではなく、当然ですからねぇ。なので、証明してみせましょう。今ここで、未来を予言してみせます。これから起こる、すぐ先にある未来を」


 嘘を言っているようには見えないが、その発言は嘘でなければおかしかった。

 トラヴィスは再度ゆっくりと円を描き、全方位に群れている国民を観察するように目を動かす。ノールとメルトは見つからないよう、膝を屈めて姿勢を低くした。


「ふむ。では予言しましょう。私はこれから、この場で命を狙われます」


 一帯に強烈な緊張が走る。

 空気が張り詰められ、下手な行動を起こさぬよう国民全員が身構える。それは、ノールも例外ではなかった。


「ノール、殺るの?」


 メルトだけは身を隠しながらも、普段と変わらない緩やかな雰囲気を保っていた。ノールは若干の冷や汗を流しつつ、声を落として返答する。


「ここで殺るつもりは毛頭ねぇよ。にしてもあの野郎、俺達の存在に気づきやがったのか?」

「あたしずっと見てたけど、たぶん、あたし達には気づいてないと思うよ」

「だよな。俺も気を張って見ていたが、こちらに気づいた様子はなかった。じゃあ何だ? アレは俺様を挑発して炙り出そうとでもしてんのか?」

「どうするノール。二人か三人なら抑えれると思うけど」

「馬鹿かてめぇは。なんで向こうの誘いに乗ってやる必要があんだよ。それじゃあ丸っきり思う壺じゃねぇか」

「むーっ。また馬鹿って言った。あたしは馬鹿じゃないから、もう知らないっ」


 相棒の場違いな態度に眩暈を覚えながらも、犯人の正体についてノールは考える。

 果たして自分以外に国王殺害を画策する男がいるだろうか。マルティンの顔が浮かぶが、彼は既に投獄されているはずだ。となれば、やはり自分以外に反逆を起こせる人物がいるとは思えない。そんな奴がいるのなら、是非とも紹介して欲しいくらいだった。

 けれども、ノールの推測を否定するように、武装した男が単身で人混みから現れた。


「……いつから気づいていた?」


 男の顔にノールは見覚えこそあったが、名前までは思い出せない。以前に一度、賞金首の手配書で似顔絵を見たような気がするが、もしも彼であるならば既に捕まっているはずだった。

 兵士達は男の姿を見るなり拘束しようと気を張ったが、トラヴィスがそれを制した。


「まぁまぁ、せっかくですから、彼にはしっかりと役目を果たしてもらいましょう」

「貴様、自分が何を言っているか理解しているのか?」

「さぁて、どうでしょうかねぇ。とにかく、ここまで上がってきてくださいませんか? あぁ、兵士の皆さん、くれぐれも、決して彼を止めないでくださいね。それと貴方も、私以外には手を出さない方が身のためです。でないと、短い寿命が更に縮まるでしょうからねぇ。ひっひっひっ」

「ふんっ、気色の悪い奴だ」


 兵士達は高台へ続く階段の端に並び立ち、男の一挙手一投足を注視する。色濃い監視の中、男は忠告された通りに怪しい挙動は一切見せず、高台の階段を上りきった。

 男とトラヴィスが正面から対峙する。

 男の手には、長い刀身の剣が握られていた。

 対する国王は武装しておらず、ノール達が高台の下から観察した限りでは、鞘や短剣を携えているようでもない。


「私が外出している間に、城の地下牢から何人かの脱走者が出たという話を聞きました。罪人達を扇動したのは貴方ですね?」

「俺は勝手に出てきただけだ。それが貴様の言う扇動なのかは知らん。それにしても、こんな舞台まで用意するとはな。ついに自らの罪を悔い改めて自害する気にでもなったか? 貴様が望むなら、喜んで介錯を受け持ってやろう」

「ふむ。やはり貴方の仕業でしたか。ですが、まぁいいでしょう。〝彼ら〟は脇役ですが、一応役目を与えてありますからね。それより私は、こうして貴方が来てくれたことに深く感謝していますよ」

「話を聞くつもりはないみたいだな。だが、その方が都合がいい。それは俺も同じだ」


 男は身を引いて剣の柄を両手で持ち直し、いつでも国王に斬りかかれるよう息を整える。


「無駄ですよ。先ほどお伝えした私の予言には、まだ続きがあるのです」

「聞く耳もたんッ! 死ねッ! トラヴィスッ!」


 平然と佇むトラヴィスに向かい、男は剣を振り上げて斬りかかった。

 …………しかし。

 多くの国民の目に晒された大舞台で、男の悲願である国王殺害が成されることはなかった。

 男は刃を振り下ろすこともなく、背中に突き刺さった二本の槍によって絶命した。高台の隅に控えていた兵士が、男の身体を背後から突き貫いたのだ。


「〝国王の命を狙った暴漢は、無念にも近衛兵の槍に倒れた〟。予言の続きとは、どうあっても貴方に私を倒すことはできない、という内容だったんですがねぇ。まぁ、事前に伝えたところで、変えようのない運命だったのですが。ひっひっひっ! 貴方はこの役に抜擢された時点で、この結末を迎えることが決まっていたんですよ。残念でしたねぇ。ひっひっひっ!」


 国民達は高台を見上げて硬直する。空はいつの間にか灰色の雲が覆っており、トラヴィスの楽しげな笑い声が曇り空に広がった。


「これで分かったでしょう。私は未来を予知できるのです。ですから、国民の皆様は私に従っておけば間違いないのです。よぉく胸に刻んで、忘れないようにしてください。でないと、後悔するのは自分自身ですよ」


 高台から赤黒い血液を滴らせる死体の横に立ち、トラヴィスは国民達を愉快そうに眺める。


「さて、これで私の話は終わりです。皆様の貴重なお時間を奪ってしまいすみませんでしたねぇ。どうぞ、速やかに解散してください」


 国民達は恐怖していた。喧伝で耳にしたことはあれど、実際に国王に逆らった者がどのような結末を迎えるのかを目の当たりにするのは、これが初めてという者も多かった。

 硬直する国民達を見かねた広場の兵士が「散れ! 散れ!」と乱暴に促すと、ようやく外側にいる者から順に広場を離れ始める。ノールとメルトも流れに乗じて、姿を視認されないうちに退散しようと移動する。

 広場から路地に続く接合部まで歩いてから、ノールはふと誰かの視線を感じて背後に振り向いた。

 自然と吸い寄せられた視線の先で、高台の上に立っているトラヴィスが、口元を歪めて彼のいる方向をジッと凝視していた。

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