第5話

 動向調査に赴くとは決めたが、詳細な方法についてノールは考えていなかった。

 とりあえず商店街の顔見知りに聞き込みでもしようかと思案していると、庭で遊んでいた幼い三人組の子供が彼に近寄ってきた。現れた子供達は、青空に劣らないほどの明るい笑顔をこぼしてノールを囲む。


「ノール兄ちゃん、またどこか行くの? ねぇねぇ、どこ行くの?」

「どこだっていいだろ。おめぇ達は飯食って昼寝でもしてな」

「知らないのー? ノール兄ちゃんはねー、王さまを倒しにいくんだよー」

「おいてめぇ、んなつまんねぇこと誰から聞いた?」


 お喋りな相棒のおかげで謀反を画策していることは昔にバレたが、今日これからの行動予定まで漏れているとは知らなかった。

 いったい誰が教えたのか。そんな疑問が生まれるまでもなく、ノールは犯人であろう人物の顔を思い浮かべる。


「メルトお姉ちゃんが教えてくれたんだよ?」

「メルトお姉ちゃん、なんだか楽しそうだったよねー?」

「ねー」


 顔を見合わせて確認しあう子供達を見て、ノールは嘆息する。


「はぁ……やっぱアイツか……。ったく、いらねぇことぺらぺらと喋りやがって」


 将来に悪影響を及ぼしたらどうするんだ、とノールは思った。こんなくだらない使命を背負うのは自分だけで充分だと言ってやりたかったが、相手の年齢を考えて思い直し、その台詞を喉の奥へ押し返す。


「てことは、ノール兄ちゃんまた街に行くんだよねー? だったらお菓子買ってきてよ!」

「あ、ずるーい! あたしもほしーい!」

「あたしもー!」


 子供達は煌々とした瞳でノールに要求する。


「うぜぇ。んなもんマノリアの奴に頼んで買ってきてもらいな」

「えー。だってマノリアさんケチなんだもーん。そんなぜいたくはダメだって言って、ほんとにたまにしか買ってくれないんだよー?」

「けっ、当然だな。それが嫌なら自分で稼げるようになることだ。菓子を食うっつーのはマノリアの言うとおり贅沢だ。そいつが許されるのはなぁ、自分で金を稼げる一人前だけだ。たまにだろうが、半人前のてめぇらが菓子を食えるのはありがてぇことなんだぜ? そんでもって、てめぇらが食う菓子と交換してるのは、俺様が命を賭して稼いだ金だ。わかったか? わかっただろう。わかったら俺様に感謝しな」

「ノールのケチー!」

「ケチー!」

「あぁん!?」


 説教の内容などまったく聞いていない子供達は、ノールに一喝されて「逃げろー!」と笑いながら孤児院の裏手へ消えていった。

 束縛から解放されたノールが一息つくと、玄関口の扉が開いて一人の少女が現れる。


「おまたせっ! ちょっと遅くなっちゃったよね? ごめんねっ!」

「そいつは別にどうだっていい。んなことよりメルト、てめぇまたガキ共にくだらねぇことぺちゃくちゃ喋ったろ?」

「くだらないこと? くだらないことは話してないよ?」

「嘘つくんじゃねぇ。俺達がこれからどこに行くのか、必要ねぇくらい細かく話しただろ?」

「うん、それなら話したよ? 鍛錬を切り上げようとしたら『どこ行くのー?』って聞かれたからね」

「そこで馬鹿正直に答えるやつがいるかよ。それによ、今日はアイツの動向を調査するだけだ。伝えるなら伝えるで、もう少し正確に言えよな」

「あっ、いま馬鹿って言ったな! あたし馬鹿じゃないから、あたしに話してるんじゃないんだよね? 誰に喋ってるのかな~? ノールは誰に喋ってるのかな~? あたしに説教したいんなら、ちゃんと名前で呼んでよねっ。じゃないと聴いてあげないよっ!」


 ノールはわざとらしく、大袈裟に深いため息を吐いて辟易した。


「……めんどくせぇ。もういい、こんな会話をしてたら俺の気力がもたねぇよ」


 茶髪を頭の側面でまとめた、切れ長の目をした女の子。身長はノールの頭一つ分くらい小さく、軽装を好む彼女は今日も身軽な服装をしている。

 彼女がノールの相棒である、メルトという名前の女性だ。この物語のヒロインでもある。

 メルトは幼い頃から長時間の鍛錬を日常生活の一環に組み込んでおり、異国より伝わったトンファーを得意武器として愛用している。出かける際は肌身離さず持ち歩き、熟練された技であらゆる脅威から護衛対象を守り抜くことを自らの誓いとしていた。

 武芸者としての彼女の腕は郡を抜けており、これまでに何人もの実力者とまみえてきたが、いまだ無敗である。その実力で、並み居る賞金首を悉く討ち取ってきた。


「あーっ! いまあたしのことめんどくさいって言ったなぁ!」

「勘違いすんじゃねぇ。俺は、馬鹿はめんどくせぇなって言っただけだ」

「あ、なんだそっかー。じゃ、あたしはめんどくさくないってことでいいんだね?」

「知らねぇけど、それでいいんじゃねぇか」

「だよね~」


 戦闘の腕前は常軌を逸しているのだが、類稀な天然であることが短所である。このような性格になったのは、育ての親であるマノリアの影響を大きく受けたためだ。

「うんうん、やっぱりノールは優しいなぁ」

「けっ、勝手に言っとけ。あんまつまんねぇことばっか垂れてると、日が暮れる前に帰ってこれなくなるぜ。ほら、さっさと行くぞ」

「うんっ! りょーかいっ!」

 腰に巻いた専用ベルトにトンファーを固定して、メルトが敬礼のようなポーズをしてみせる。ノールは返礼したりせず、鼻を鳴らして彼女に背を向ける。

 メルトは敬礼を解くと足早にノールの隣に並び、ふたりは林の一角にある都へ続く一本道を進んでいった。

 

「まいどあり~。メルトちゃん、今日はマノリアさんの手伝いかい?」

「うんっそうだよ。都に行くって言ったら、ついでに頼まれてね」

「えらいね~! でも気をつけるんだよ。最近は怖い奴も多いみたいだからね」

「大丈夫だよ! だってあたし、結構強いからねっ! もし襲われたって、簡単に追い払っちゃうからっ!」

「頼もしいね~! でもメルトちゃんだって女の子なんだから、あんまり怪我するような危ないことをしちゃあいけないよ」


 得意先の商店の店先で交わされる会話を背中で聞きながら、「そいつに怪我を負わせられる奴がいるなら見てみたいもんだ」と、ノールは心の中で茶化した。

 ノールとメルトがやってきているのは、莫大な敷地面積を誇る都の中でも、商業区と呼ばれる区域に属する場所だ。中央の広場からいくつもの路地が派生しており、道の至るところに開かれた露店で様々な品が販売されている。朝から昼にかけて連日のように賑わいを見せて、それが日が沈むまで続くのだ。

 軒を連ねる百を超える店の中でも、ノールとメルトがよく顔を出すのは、この馴れ馴れしい中年男性が営む食料品販売店と、別の通りにある異国の品を扱う店だ。メルトの愛用するトンファーは、その店で購入した物である。


「ところでメルトちゃん、今日はどうして街に来たんだい? 何か用事があるんだろう?」

「ノールが王様のことで調べたいことがあるんだって。あたしはノールについてきただけだよっ」

「なぁ~にぃ~?」


 本日何度目かになるため息を吐きながら、もっと口を酸っぱくしてしっかり注意しておくべきだったとノールは後悔した。

 仕方なく、怒りの矛先を向ける店の主人に相対する。


「おいノール、おめぇまたメルトちゃんを護衛につかせてんのか! ったく情けねぇなぁ! 男ならてめぇの身ぐらいてめぇで守ってみせろよ!」

「てめぇは適材適所っつー言葉を知らねぇのか? メルトほど護衛の役割が相応しい奴もそうそういねぇだろ」


 店の主人は額を手で押さえて空を仰ぐ。


「かーっ! 開き直るなんざ益々情けねぇ! だいたいトラヴィス様のことで調べるってのは何だ? まさか、まだ復讐を果たそうだなんて考えてんじゃねぇだろうなぁ?」

「あぁ!? じゃあこのままでいいのかよ。てめぇはあの国王に、一切の不満がないとでも言うのか?」


 この男も、例によってメルトの綿毛のように軽い口から漏らされた情報で、ノールが国王への反逆を画策していることを知っていた。孤児院の子供達とは違い、ノールの倍以上の年数を重ねてきた彼は、その行動が何を意味するのかはっきりと理解している。

 ノールに指摘されて、痛いところを突かれたといった表情で店の主人は答えた。


「そりゃあ、不満がねぇって言えば嘘になる。高い税率や、この国のあらゆる物を自分の好き勝手に出来ると思い上がってる傲慢な態度には腹が立つこともある。そういう不満を持つ国民達を、圧倒的な力で押さえつける暴力的なやり方も許せねぇ。けどな、逆らえば殺されるんだ。俺にだって家族がいるし、こんな状況でも今のところ不自由なく生活はできてる。だからな、生きるためには我慢するのが一番賢いんだ」

「自分勝手な野郎だな。偉そうな口を叩いたわりに、結局は自分と自分の周りが良けりゃあそれでいいってことか」

「生意気な口ききやがって。それはおめぇだって同じだろうが」

「俺は違う。国王を倒す動機は個人的な怨恨だけどよ、そいつを為し遂げた時、結果として多くの国民が喜ぶのは明白だ。俺はそこまで考えたうえで行動しようと決意したんだ。自分勝手だなんて言われるのは心外だぜ? こいつは、おめぇのためでもあるんだからな」

「そいつはありがてぇ話だ。だがな、俺が言ってる自分勝手ってのは、おめぇの復讐を指してるんじゃねぇ。俺はな、メルトちゃんをおめぇの個人的な都合に巻き込むんじゃねぇって言ってんだ」


 意趣返しと言わんばかりに、ノールは痛いところを突き返された。ノールは店の主人が放った言葉に、顔を引きつらせて怯む。

 メルトも同じように国王に恨みを抱いているのであれば、積極的に行動を起こすノールについていくのも頷けるだろう。

 しかし実際には――。


「メルト、てめぇだって国王のことが気に食わねぇんだろ? だったら奴のことが憎いよな?」

「ん~?」


 無駄だと知りつつもノールは、通りを行き交う人々を眺めているメルトに自分の相棒でいてくれる理由を尋ねる。

 彼女はくるっと素早く振り返り、首を横に振った。


「ううん、ぜんぜん。ノールが悪い人だって言うんだからそうなんだろうけど、あたしは気にしたことないなぁ」

「てめぇ、自分の親が殺されたってのにそんなんでいいのかよ」

「むーっ! 親って言っても、あたしを生んだってだけじゃん。だいたいさ、その親があたしを捨てたんだよ? 憎む人がいるとしたら、あたしは自分の親だって答えるべきだと思うな」


 頬を膨らませ、ご機嫌斜めなメルトはそう答えた。

 メルトはマノリアの孤児院に入った最初の子供だった。薄暗い路地裏で捨てられていた幼い彼女をマノリアが見つけて、彼女を孤児院に招待したのが始まりだ。

 拾った直後の彼女には、まだ両親がいるはずだった。マノリアはメルトの相手をしつつ彼女の両親を説得しようと捜し続け、数ヵ月後にようやく邂逅を果たすことができたのだ。

 ふたりの墓前に、花を手向けるという形で。


「その親も死んじゃったんだから、あたしは誰も憎んでなんかいないよ。マノリアさんや孤児院のみんなが笑っていられるなら、あたしはそれだけで満足だからねっ!」


 後日、マノリアはメルトの両親が国の兵士に殺害されたことを知る。生活の苦しさを理由に暴力的な抗議活動を行い、より強大な力に押し潰されたというのが事の顛末だった。マノリアは成長したメルトにその話を聞かせたが、彼女は今と同じように、さほど気にした様子もなかった。


「くぅ~、泣かせる話じゃねぇかぁ! いい子だなぁ! メルトちゃんはいい子だなぁ!」

「えへへ、そうかなぁ? なんだか照れちゃうなぁ」

「けどよ、だったらなんでこんなろくでもねぇ男に付き合ってやってんだい? メルトちゃんが国に歯向かう理由なんざねぇんだろ?」

「それはね……」


 メルトがノールの顔をちらと横目で見る。

 ノールが彼女の視線を訝しんだ時、通りの方から騒がしい声があがった。


「この商店街にいる全ての者に告ぐ! これより広場にて国王陛下の演説を執り行う。私の声が聞こえた者は即座に手を止め、速やかに集合するように。これは命令である。従わない者は等しく反逆者とみなし、死罪に処す! 繰り返す――」


 振り返ると、重量感のある厚い鎧をまとった兵士が数人、抜き身の剣を天にかざしながら通路の真ん中を闊歩していた。


「けっ、今朝久々に見かけたと思ったら、これが目的だったっつーわけだ」

「なんだノール、おめぇ今日トラヴィス様に会ったのか。どこでだ?」

「工業区の路地裏で、偶然な。手を伸ばせば届く距離まで迫ったのに、仕留め損ねちまった」

「マジかよ。おめぇよく生きてんなぁ。普通なら殺されてるぞ? まさかおめぇ、トラヴィス様に気に入られてんのか?」

「……さぁな」


 答えを濁したノールであったが、店の主人は「おめぇにもわかんねぇんだな」とあっさり見抜くと、店の奥へ向かおうとする。


「俺は女房と子供を呼んでくる。メルトちゃんもノールも、ここは素直に従っておいた方が身のためだぜ」

「てめぇは当然のごとく従うみたいだな」

「俺はこの国の民だ。主に命令されたんなら従うしかねぇよ。それが嫌ならおめぇみたいに歯向かうべきなんだろうが、生憎と俺は臆病になりすぎた。もう一〇年ほど早く誘ってくれたら、俺もおめぇに力を貸せたかもしれないがな」

「けっ、馬鹿なことをぬかすな。……それだと俺が臆病すぎんだよ」

「……そうか。にしても、トラヴィス様がわざわざ下民の俺達に会いにくるなんざ、よほど大事なことでもあるのかねぇ」


 独り言をもらしながら去っていく店の主人の背中を見送る。

 この男は親父の起こした反乱に参加したのだろうか。寂しげな背中を眺めて、ノールはそんなことを思った。

 けれども反乱に参加していたら生きているはずがない。この男は国が戦火に包まれたあの日、何をしていたのだろう。家族を守ろうと、どこかで必死に戦っていたのだろうか。

 ノールは様々な思考を巡らせたが、真実を知りたいとは思わなかった。この男は現代にそれほどの不満を持っていない。それは、過去に望んだ未来がある程度実現したからだろう。ノールはそう決めつけた。勝手に決めつけることで、男に対する余計な同情を感じないようにした。


「どうするノール? あたしはノールについてくよ」


 両手にトンファーを装備したメルトが、戦う時にだけ見せる引き締まった顔をしている。


「歯向かうにしても敵の数が多すぎる。おまけに忠告もされちまったしな。ま、今回の目的は動向調査だ。無理に暴れたりせず、目立たねぇところで見物でもしてやろうぜ。いずれ殺す男の姿をよ」

「りょ~か~い!」


 戦わないと知った途端に、メルトは強張らせていた全身の力を弛緩させた。

 広場へ流れる人混みに紛れつつ、こいつは本当に国王に対して何も感じていないんだなと、彼女の態度からノールはそう確信した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る