第25話

 画面を複数の男女が横切って、直後に赤色の軍服を着た軍人が後に続いた。軍人の手には自動小銃が装備されていた。

 それは固定された監視カメラの映像らしく、画面に誰も映らなくなってからも映像は続いた。


《なんだよッ! なんなんだよッ! なんで俺たちが――ッ!》

《伏せろッ!》


 静止画のようにも見える変化しない映像から、若い男の悲痛な嘆きと、別の男の勇ましい音声が聞こえた。直後、二種類の銃声が連打する。定点カメラはその後の結末を映すことはなく、映像は別のカメラが捉えたものに切り替わった。

 次の映像では、赤服が逃げ惑う一般市民を射殺する一部始終が、否定しようがないほど鮮明に録画されていた。


「やるじゃないか。情報を完全掌握していると驕る愚者を出し抜いたか。国のコンピュータをハッキングするとはな。おまけに、この秘蔵映像。これは〝終わり〟だな」


 数分前、部屋にあったモニターの電源が勝手に入り、唐突に映像が流れ始めた。映像は何種類も用意されているようで次々と切り替わり、その全てに、自分の着ている物と同じ赤い軍服を纏った者達が映っていた。

 映像では、赤い服の者達が、無関係な一般市民の服を同じ色に染めていた。

 騒々しい音が隣接した部屋から響いた。隣だけではない。他の部屋でも――おそらく庁舎の敷地内にある全てのモニターに、同じ映像が強制的に流れているだろう。

 となれば、同僚達は既に〝証拠隠滅〟を図っているに違いない。

 アンドリヴァ・ナイツは秘密組織だ。第七二区画都市では新型兵器の実験を行う便宜上、正規の軍人と共に過ごしているが、秘密組織の実態は単なる〝特殊部隊〟程度としか説明されていない。国家の暗部である我々は、常に日の当たらない場所にいるべき存在だ。

 明るみに晒されてしまったなら、〝後始末〟しなければならない。たとえそれが、表裏の表側に相当する国家組織の同胞――正規の軍人だとしても。

 流れている映像を止めたところで、脳に焼きついた記憶は消せない。それは対策としては不充分だ。アンドリヴァ・ナイツは、そんな生易しいマネはしない。我々は、絶対的な証拠隠滅を徹底するよう命じられている。

 その手段について、逐一説明する必要はないだろう。

 遠くから、悲鳴と銃声が聞こえた。暴力と絶望を折衷した騒音は、一度聞こえ始めると数を増すばかりで、寸秒で片時も途絶えなくなった。


「この部屋に誰もいなかったのは僥倖だったな」


 机に出していた質素な味のバランスバーを齧って、グラスに注いだ水を飲み干した。

 途絶えない銃声を聞き流しながら、脇に置いていた特別製の長剣を手に取った。

 急に騒音のボリュームが上がったかと思うと、部屋の入口が開かれていて、廊下との境目に赤服の男が立っていた。


「エリゴール、何を暢気に油を売っている。状況がわからんのか」

「わかるさ。同胞殺しをしろと言うんだろう?」

「把握しているなら、もたもたするな」

「庁舎にどれだけの正規兵が詰めていると思っている。一人でも逃がせば、我々が影で重ねてきた業がたちまち市井に知れ渡るだろう。まんまと先手を打たれたのさ。いまさら帳消しにできるほど、これは甘い状況ではないと思うが?」

「通信妨害障壁を庁舎の半径十キロに展開してある。万が一に障壁の圏外まで突破されたとしても無駄だ。頼ろうとする国家は、我々の依頼主だからな」

「ふっ、憐れなものだ」


 命からがら死地を生き延びたとしても、国を頼れば確実に消される。いくら必死に抗おうとも、絶命の瞬間とは淡白なものだ。

 絶望は単純なほうが、同情を覚えるほどに深くなる。

 本心から零した感想に、上官は視線を険しくした。


「お前は神父か? 他人を憐れむ暇があるのなら働け。敵は正規兵だけじゃない。庁舎のモニターに〝実験〟の様子を映した連中も攻め込んできている。皆殺しにしろ」

「悪いが、私に弱いものを蹂躙する趣味はない」

「お前、また勝手な行動をするつもりか。いいか。これは命令だ。五秒以内に表に出ろ。でなければ……わかっているな?」


 感情の篭らない無機質な声。逆らうことを許さぬ殺気が滲む。

 厳しい命令に、不本意ながら鞘から刃を抜いた。切れ味を色で誇示する白銀。納めていた鞘はその場に置いて、廊下で待つ機械のような男のもとへ、鷹揚とした歩みで近づいていく。


「同胞殺しも趣味じゃない。――だが、命令ならば従おう」


 返した台詞を聞き届けて、自動小銃を抱えた上官は私への注視を解除した。

 途端、歩けば四秒の間合いを、身体を弾くような一歩で詰めた。

 辺りに反響する戦闘の喧騒のなかでも、その一歩の靴音は高く響く。

 上官は殺人者の面構えを保ったまま、私のほうに振り向いた。

 

 その時にはもう、彼の上半身と下半身は歪な境界で分離していた。

 

 服の色など薄いと思えるほどの夥しい量の赤。鋼鉄すら両断できる刃を前に、人間の肉体など紙片にすら等しい。鋏で切ったように、その身体は二つに分けられて動かなくなった。


「約束は守った。私には私の目的がある。これ以上、邪魔をしないでいただこう。私は貴様の部下である前に、私自身だ。ここからは、私の望みを優先させてもらう」


 凄惨な死体に背を向けて、鮮血に塗れた剣を携えて建物の出口を目指す。

 誰が庁舎に混乱を巻き起こしたのか。そんなもの一つ――いや、一人しかいない。

 ならば、〝あの男〟も近くにいるのだろう。身体を骨格ごと断ち切るほどの刃を受けきって、長らく死から遠ざかっていた私に肉薄した、敵組織の強者が。

 正規兵として軍に属していた私がアンドリヴァ・ナイツの勧誘を了承したのは、〝あの男〟のような強い者と死闘するためだ。他に理由はない。

 私は求めていた人物に出会った。

 これまでも何人かの腕利きと刃を交えたが、いずれの戦いにおいても、私が死を予感する瞬間はなかった。愛剣・アロンダイトの幅広の刃によって、呆気なく切り伏せてきた。

 今回は違う。

 目的が達成された今、私にとって彼と戦う以外の一切は些事と成り果てた。

 不思議なことに、〝あの男〟に打ち勝てば、私の飽くなき欲求が満たされるのだと、根拠もなくそんな予感がしていた。


「死ぬなよ好敵手。貴様の死は、私が与えてこそ価値があるのだから」

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