第21話
あらゆる雑音と余計な景色を遮断した世界で、俺は青色の短刀の柄を右手で握りしめた。
手元の感触が消失した。
身体は、四方へ無限に格子状の線が続く青色の地平に立っていた。手元には、この空間を凝縮したかのような短い刀が握られている。まるで空気を掴んでいるように重量を感じない刀の鞘に手をかけて、納められた刃を引き抜いた。
それを合図に、俺の脳で〝数え切れない記録〟が再生された。
『これは君のために用意した武『そんなので勝てるわけな『あなたなら可能です『私は知って『視るとは視られることだ『君が憧れたのは『馬鹿なッ!『貴様は私に『私にはできなかった『信じられん……『背中は私が守ります『それでも君なら『光栄だ『最初で最後だ『助からなかったはずの命『その短刀があれば『未来を変えてみせろ『その力があるのだと『願いならば叶えなければ嘘だ『銘は機械の神を狩る鬼の刃――鬼神』
「かっ――はッ――――」
脳天を撃ちぬかれたような衝撃に気を失いかけた。
青色の光線が縦横に張り巡らされた地面に膝をつく。
聞き覚えのある声と聞き覚えのない声が入り乱れていた。ただ、覚えのある声も、誰の声だったかまではわからなかった。
理解しようとすると、脳幹が破裂しそうな痛みに締め付けられた。
考えれば、ここで死ぬ。魂と肉体の関係を知ってなお、短刀が与えた情報は受け止め切れない量だった。
短刀……そうだ。俺は短刀を握っていた。
自覚して、空だった手元に確かな感触が戻った。
受け止めきれないなら、押し込めばいい。
手に再現された感触を固く握り、俺はもう一度同じ未来を視た。
「――|魂の同期(トランス)ッ!」
そして、視た感覚が消えぬうちに、俺は短刀の扱い方を肉体に刻もうとした。
――――ッ!?
脳内で白光が散った。
右手に短刀を持ったまま、左手で割れそうな頭を必死に支える。
ここは魂にだけ許された次元。倒れでもしたら、死ぬのは肉体ではなく魂だ。魂が死ねば肉体も滅び、転生もできなくなる。
ここで倒れたら、俺は死ぬ。
「冗談じゃ、ねぇ……ッ!」
亀裂の入った意識を必死に保つ。
視界は白く塗り潰されていた。崩壊寸前であるかのように、白い世界が割れている。
すぐそばに、緑の軍服を着た男達が現れた。次に、赤の軍服を着た男達が現れた。次はアーク・ロード。殺戮のために生まれた機械が消えると、機械が解けた霧から赤髪赤服のエリゴールが微笑む。彼は自慢のアロンダイトをかざして、動けない俺に飛びかかった。それもまた途中で霧散して、四本の巨大な鼠色の足が佇立した。見上げれば、それは〝要塞〟。敵軍の巨大兵器――アーク・ソロモンと名付けられた機械が、矮小な俺を踏み潰そうとしてきた。絶体絶命の状況だった。それもまた接触の寸前に消滅した。
一際大きな渦が異空間の天に溶けた。これで終わりのように感じたが、遥か頭上から眼前に、立ちのぼる霧と入れ替わるようにして〝異物〟が降り立った。
晴れた日のアスファルトに映った人影を切り取ったような、さほど身長の変わらない漆黒の人間。目も鼻も耳も口もなく、右の手先には、前回会った時と同じく棒状の物体が装備されている。
影が棒の切っ先をあげた。かけられる言葉はない。
それは単に要らなかっただけなのかもしれない。
これが、短刀を得た先に待ち受ける運命か。
金縛りに制御を奪われていたが、短刀を握る手首だけは、僅かに動く。
凶器の輪郭を構えた人影が、光が伸びてくるような速度で肉薄する。
短刀を掴む手のひらから、またも溶けるように感覚が失われた。
だが――それこそが、身体と武器が一体となった証だった。
「――名前だ。この刀には、大層な名前がつけられてあったよな」
聞いたことはないが、俺はその名前を知っていた。
裏次元の地平を凝縮したかのような深い青。言うなれば、それは奇跡を内包する刀。持ち主を求める未来に導く、武器の姿を模した鍵だ。
井戸の底のような漆黒が、人の形となって俺の眼前を阻む。振り上げられた暗黒の右腕には、標的の魂に終焉をもたらす絶望の刃。光を反射することなく吸収して、この命の全てを奪わんと振り下ろされる。
手にした刀を封印する鞘に、もう片方の手をかけた。
脳裏を疾走した|魂の閲覧(リーディング)で知った刀の銘。
音の消えた青と黒の異空間で、その名前を呟いた。
「――鬼神。てめぇに絶大な力があるってんなら、見せてもらうぜ」
鞘を引き抜く。
勢いのまま、刀を腰の後ろに引いた。
「――忘れんじゃねぇぞ。てめぇの持ち主は、」
眉間に迫る影を置き去りにして、
全身をぶつける覚悟をもってして、
「この俺だろうがアアアアアァァァァァァァ!!!!」
閉鎖世界を揺るがす気迫と共に、人影の胴体を青の短刀で切り裂いた。
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