第20話
武器庫などと紹介されてきてみれば、七階も十階と変わらない平凡なオフィスの廊下だった。違う点があるとすれば、視界にはドアが一枚あるだけで、室内を覗くことのできる窓ガラスも一切存在していないこと。そして、そのドアを見張るように、青い制服を着た警備員風の男が二人立っていることだ。
状況が飲み込めず困惑している間に、シルヴァが警備員達に接近した。
「師匠――リリアから武装を整えろと言われたの。中にいれてくれる?」
「リリア様が来てるのか。これは、嵐でも来そうな予感がするな」
「嵐ならもう吹いてるんじゃないか? 武器庫に行けなんて命令、普通じゃない」
「うん。あと、たぶん今日はもう部外者は訪れないから、見張りはしなくてもいいと思う。もう少ししたら、正式な指示がされると思うけど」
「おいおい。てことは、ついにおっぱじめるのか!?」
「そう言ってた。これまで準備してきた成果を試す時が来たみたい」
「そいつは楽しみだ。敵拠点に攻め込むのは何日後だ? それまでに、準備を済ませておかなきゃいけないな」
警備員は左右に分かれて道を譲った。
室内に進むシルヴァは、すれ違いざまに警備員の質問に答えた。
「作戦開始は明日でも何日後でもなく、今日これからだよ」
武器庫を見張っていた警備員は、それが聞き間違えでないことを確認するように、互いの顔を見合わせた。
警備されていた扉を抜けた。扉の先にあったのは、〝企業のオフィス〟とは乖離した内装だった。たとえ冗談でも、これが会社の設備だと説明することはできないだろう。
そこはまさしく、武器庫と表現するより他になかった。
「部屋の右側に銃器の類があるわ。奥のシューティングレンジも好きに使っていいよ。どう、すごいでしょ?」
「お世辞抜きに半端ねぇな。ライフルの保有量も相当だが、俺としては近接武器の数が圧巻だ。軍にいた頃でさえ、こんなのは見たことがねぇ」
銃器の逆側にずらりと並ぶフレア・ハルベルトを見て驚嘆した。そばにはアンドリヴァ・ナイツが腰に差している剣もあった。
「アーク・ロードの量産が進んでるからね。対抗するために使い手を増やしてるんだってさ。まだまだ、使いこなせる人は少ないみたいだけど」
「だろうな」
シルヴァの解説に相槌を打って、俺は近接武器が陳列されている辺りに近寄った。
ふと、視界の端に何かが映った。
見れば部屋の片隅に、一振りの短い刀が台座に飾られた。
途端、他の武器への興味の一切が失せた。まるで短刀に吸い寄せられるように、俺は台座との距離を縮めていく。
「アレス? 気になる物でもあったの? 君の武器は拳銃でしょ? そっちは近接武器しかないよ?」
「わかってる。単に見てみたいと思っただけだ。そこにある短刀をな」
「あー、あれね。まあ、量産品で溢れる中でのユニーク品ってことで、興味が湧くのは自然だよね」
「あっさりした物言いだな。誰かの持ち物か?」
「ううん。むしろ逆っていうか、私含めてみんな興味はあると思うんだけど、実戦で使うかって言われると……ねぇ? 射程もあってフレア・バレットも使えるハルベルトを選ばずに、短い刀を命がけの戦闘に持っていこうだなんて、狂人通り越して自殺志願者でしょ」
「そりゃあお前が言ってんのは正論だろうが……だったらなんで、そんな自刃専用の武器みてぇなもん作って、処分もせず飾ってあんだよ」
「趣味よ。あたしじゃなくて、師匠のね」
「ああ……」
これっぽっちも理解できなかったのに、その一言だけで妙に納得してしまった。リリアほどの変人なら、誰も使いたがらない武器を思いつきで作りかねない。いや、実際に作っているのだから、それは憶測ではなく真実か。
多様な武器を敷き詰めた倉庫の片隅。粉雪のような埃を被った四角い台座の上には、刀を飾る掛台が一つ。刀の柄は深い青色。両手で握れば隠れてしまいそうな長さの柄は、刃との間に正方形の銀の鍔を挟む。水平に伸びる刃を覆うは、柄よりも濃い深海のような色の鞘。
俺は、異質な存在感を放つ武器を見下ろした。
瞬間、眼球が凍結した。
視線を動かさないのではなく、動かせなくなっていた。
――――?
思い当たる節もなく、心音が鼓膜の裏から騒ぎ出す。思考が溶けて、視界が狭まり、四肢は持ち主の支配を拒み、鼓動以外の音が何も聞こえなくなった。
俺のあとをついてきたシルヴァが、青い短刀についての解説をしている、気がした。声は聞こえないし、姿も見えないが、彼女が喋っていることを俺は知っていた。
――――〝知っていた〟?
なんだそれは。〝知っている〟とはどういうことだ? 未来を視る能力を授けられたが、俺はこの|反政府組織(テロリスト)が偽装した企業ビルなんて見た覚えはなかったし、そこに隠された武器庫に来るのも初めてだ。ここに来てからだって、まだ一度も未来は視ていない。
なのにどうして、リリアの戯れで生まれた刀について得意気に語るシルヴァの姿を、俺は知っているんだ?
――――違う。俺は〝知らなかった〟。
それが正しい。たった今、彼女はここで話しているのだから。それを〝知っている〟だなんて、破綻している。
それは正しい。
正確に言えば、正しかった。
思い出されるのは、地下駐車場での出来事。車を降りた俺は、無意識に|裏次元(アカシャ)の景色を脳裏に再現した。てっきりそれは、地下駐車場の構造が似ているからだと考えたが、そうではなかったらしい。
刀の青は、|裏次元(アカシャ)の色。決して繋がることのない地平を結ぶ鍵。創造された短刀に与えられた役割により、俺の意識は世界の裏側と無意識に繋がった。
俺が現在を〝知っている〟のも、そのためだ。|魂の閲覧(リーディング)が未来を視るのなら、俺は未来を視せられている。信じられないが、台座に鎮座する青色の短刀に。
手を伸ばしていた。誰の所有物でもない、意志の感じられる不思議な短刀に。
親の形見や、特別な思い出の詰まった品物を見た時、その品にまつわる記憶が蘇ることがある。注いだ情熱や悲哀が強ければ強いほど、深ければ深いほどに、蘇生される記憶はより鮮烈に、より発作的に再現するようになる。
通常それは過去に限定される現象だが、裏次元を体験して、俺は未来と繋がった。
この短刀は――そう。俺が強い思い入れを抱いたモノではなく、俺がこれから先の未来で、強い思い入れを抱くことになるモノだ。裏次元に大きく関係する思い出を。
掴めば、今度こそ後戻りはできない。
誰かの救いになりたい。漠然としたその願いは、自己犠牲なくして成立しない。自分の幸せを捨てなければ叶わない願望を形にするまで、或いは成就してからも、他の誰かのために人生を捧げ続けることになる。それだけの責務を負わなければならなくなるのだと、俺に真実を視せる〝モノ〟が警告する。
けれども――――そんなのは、意味を成さない脅迫だ。
何故ならば、
俺は、裏次元なんてものを知るよりずっと前から――
自分の命に意味を与える生き方を見つけた、とうの昔に――
――後悔なんざしねぇって、そう決めたんだからなァ!!
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