第11話
真夜中を照らす月が妖艶な光を放っていた。今宵は満月。空には穴が穿たれている。
きな臭い死臭を振り撒く銃声が月下に響く。音は一方向からではない。様々な方角から耳に届いていた。
「いました。総帥の言っていた通り、これなら死角を突けますね」
感慨の希薄な相方が見据える先に、私達の敵はいた。
積み上げられたコンテナが整然と並ぶ区画に、三段に重ねられたコンテナを凌ぐ高さの影が二つあった。周囲を見回して蠢く影は、獲物を求めて彷徨う獰猛な獣を彷彿とさせた。
真実、あの兵器は絶対強者だ。正面から挑んで倒せる相手じゃない。
だけど、戦いの勝敗は単純な力比べで決するほど簡単でもない。腕力が劣っていたとしても、補うだけの閃きがあれば格上を倒すことはできる。
あの兵器――アーク・ロードを開発した連中は、アーク・ロードこそが現代の汎用兵器の頂点だと自画自賛しているだろうけど、
それは違う。
「味方に被害が出る前にさっさと片付けるわよっ! 私は手前をやるから、ヘカテは奥をお願いっ! まずは足を破壊して動きを止めるっ!」
「わかりました。背後からの先制は合わせましょう」
「いいけど、あんまり接近すると気づかれるかもしれないわ」
「心得ております。仮に気づかれたら、攻撃される前に壊します。その時は、シルヴァが私に合わせて、もう一体の足を破壊してください」
「無茶言ってくれるね。善処するけど、あまり期待しないでよね」
「大丈夫。あなたなら可能です」
たぶんお世辞を言ったことなんてなさそうな年下の少女の信頼に、自然と硬くなった頬が緩み、気分が高揚する。
生身の人間では、束になっても勝機はない。
初めて姿を披露されたとき、敵組織の奴が誇らしげにそう豪語していた。
けれども、この戦場において、絶対的な力関係は反転する。
私のいる戦場。私達(ニーベルング)を相手にする戦場に限った話でいえば、
私達が、頂点だ。
「当然よっ! 出来もしない無謀なら引き受けたりしないわっ!」
「ですが、油断なさらず。慢心は自信の天敵ですから」
「心配しなくたって、油断できるほど易しい敵でもないでしょ?」
「それもそうですね。――先行します」
右手にサブマシンガンを持った少女は唐突に宣言して、左手でレッグホルダーに納められた道具の持ち手を握った。
アンカーと名付けられた道具だ。握力測定器のような形状の持ち手を強く握ると、尖った先端が射出されて、狙った箇所に引っかかる。射程は一〇メートル。射出後に握力を緩めると、力加減に見合った速度でワイヤーが巻き取られる。常識で考えれば細いワイヤー一本で人間の身体を引き寄せられるとは思えないが、師匠の知り合いのとある武器職人が、|魂の同期(トランス)によって会得した未来技術で不可能を実現させたらしい。アンカーの動力源である内臓小型モーターも、同職人の発明だそうだ。
己の身を闇に溶かして、夜気に乗るように相方の少女は疾走する。
「ホント、意外と血気盛んなのよね」
誰に聞かせるわけでもない相方への評価を呟いて、私も少女に続いた。
アーク・ロードと私達を隔てるコンテナの壁に到達する。
先行する少女は、コンテナの壁に並走しながら上空にアンカーを掲げた。
射出されたワイヤーが、水面を跳ねた魚のごとく夜を舞う。
ワイヤーは壁の天辺に落下した。駆ける足を止めず、少女はアンカーを引いて先端が固定されていることを確かめる。
少女の身体が舞い上がった。
恐らく最高速でワイヤーを巻いている。もはやそれは、飛び上がったというより、吹き飛ばされたと表現すべき移動速度だった。
――負けてられないわね。
命知らずな少女に対抗心を燃やして、私も同様にアンカーを飛ばした。
より早く移動しようと、ワイヤーを巻きつつ垂直の壁を駆け上がる。その行為に大した効果がないことくらい自覚していたが、重力を無視して走るのは少しだけ快感だった。
「壁を蹴っても速度は変わりませんよ?」
「うっ……いいじゃない、別に。気分よ、気分」
積み上げられたコンテナの天辺に立つ。港を一望とまではいかないが、ここからは港の戦況がよく見えた。
交戦している箇所は三つ。それと、敵を捜索している仲間が二組。
そして、コンテナに立つ私と同じ身長の兵器が、眼前に背中を晒して二体。
「予定通り、私が手前を受け持つわ」
アンカー同様、対アーク・ロード用に開発された長柄武器――フレア・ハルベルトの柄を両手で握りしめる。
煌く穂先を、無防備で装甲の薄い敵兵器の背中に向けた。
「カウントするわよ。五――」
駆け出した。
「四――」
斧を背面に、武器を鎌のように構える。
「三――」
前を走る少女の銃が、敵を照準に捉えた。
「二――」
兵器に追いついて、両足に跳躍する力を溜める。
「一――」
「――いけませんっ! シルヴァっ!」
常に冷静な相方の感情の篭った制止を、脳は何よりも優先した。
敵に飛びつく寸前、踏みとどまった私に目掛けて、
弱点であるはずの敵兵器の背中から、尖った物体が伸びてきた。
物体は楕円の塊に三本の爪が付いた形状をしていた。それは一旦虚空に伸びた後、足元を刈り取るように私の眼下から襲い来る。
一歩退こうか逡巡したが、直感的に私はコンテナから飛び降りた。
巨大な爪は私の足場だった場所に突き刺さり、
何十トンもあるはずのコンテナが、後方に押されて転げ落ちた。
港全域に届くほどの衝撃音が拡散する。
咄嗟にアンカーを使って着地した私の前で、兵器は身体を反転させた。
現れたのは、私の知らない兵器だった。
一見した容貌は今までと同じだが、私の知らない武器を搭載していた。
追尾性能があるらしい敵の新兵装が、背中に巻き戻される。
顔のない機械の巨人が、無慈悲な結末を与える機関銃の腕で私を捕捉した。
逃れようと、アンカーを手近な高台に射出する。
先端はコンテナ運搬用のクレーンに引っかかり、最高速度で身体を凶弾から遠ざけた。
そのクレーンも、敵の飛ばした巨大な爪に破壊された。
宙に浮いた状態でアンカーを手放して、身体はコンクリートで固めた地面を転がった。落下の衝撃は受け流せたけれど、皮膚には細かな擦り傷をいくつも負った。
怪我に怯むこともなく、即座に起き上がって敵と距離を取ろうとする。
しかし、遅すぎた。
向けられた機関銃の腕が、弾丸を撃ち出すために回転を始めていた。
――まだよっ!
それでも、
それでもまだ、抗う術は残されている。
「|魂の閲覧(リーディング)ッ!!」
時間の流れが異なる裏次元に意識を送り、絶体絶命の現在から助かる未来を視られれば、首筋に触れた死を免れることは可能だ。
つい数瞬前までは、そう思っていた。
終わっていた。
視ることのできた数多の未来で、私は等しく終わっていた。
命運が尽きてしまったらしい。
それは受け入れがたい事実だったけれど、抵抗する気は湧いてこなかった。
だって、それはもう決まってしまった未来だから。
アーク・ロードの機関銃が、無慈悲に吠えた。
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