第9話
星の瞬かない夜空に閉じ込められているようだ。世界は闇に閉ざされている。
この世界には音がない。この世界には色がない。この世界には敵がない。
あるのは色と認識できない青の光だけ。輝きは天と地に幾筋も走り、格子状の檻となって俺を内側に閉じ込める。
地平に支柱が並んでいた。際限なく、四方に等間隔で連なっていた。
目に映る圧倒的な光景は、ただ見るだけで意識を失いそうな情報量を有している。
初めて来た時はリリアがいてくれたが、ここに彼女の姿はない。
そもそも、知っているモノなど何もなかった。不安に翳る心は、本能的にこの世界を拒絶しようとする。
だが、
――戻れば、エリゴールに殺される。
この空間を拒むとは、つまりそういうことだ。
拒絶はできない。
入口も出口も見えない不明瞭な世界を、認めなくてはならない。
認めなければ、俺は確実に命を落とすだろう。
しかし、
それは果たして、仰々しく覚悟を決めなければならないほどのことなのか?
鮮やかに発光する支柱に、やや逡巡してから手を触れた。
「――|魂の閲覧(リーディング)」
浮かべたのは、俺と正体不明の人影が刃を交える未来の光景。
閉ざされた頁を開く呪文を声にして、無限の情報が詰まった記録書の表紙をめくる。
直後、視界が万華鏡のように散乱した。
それが何かまでは知らないが、この肉体では処理しきれないモノであることはわかった。殺人的な情報量。理解しようとすれば、脳が焼ききれて命を落とすのは必至だろう。
けれども、それがどうかしたということもない。
たとえ肉体で受け止めきれなくとも、俺には関係なかった。
記憶は肉体に宿るが、記録は魂に刻まれる。
視ようとしたのは、魂が持つ未来の情報だ。そこに許容限界の概念はない。
この肉体は知らずとも、この魂は知っている。
視界が、正常を取り戻した。
乱れていた意識が再結合した時、俺は無意識に例の人影と戦っていた。
人影は前回と同じく、腕と思しき部位の先端から影の武器を伸ばしていた。凶器らしき物体が、意志を無視して動く俺の視界を荒れ狂う。
それは、前回視た未来とまったく同じ光景だった。
――なんだ。視えるじゃねぇか。
この未来が視えるならば、この未来に繋がる現実は消えていない。
俺がエリゴールに勝利する未来は、まだ消えていない。
――どうすればいい。どうすれば、奴を超えられる?
自問する疑念の解答など、わかりきっていた。
――そんなの簡単だ。
敵わない相手に勝つためには、どうすればいいか。
より強い誰かを頼って、それを自らの功績だと虚栄を張るのか。
それも悪くないと思う。頼ることもまた強さだなのだから。
――だが、俺はそうはなりたくない。
頼られる側になるのはいいが、頼る側になるのは嫌だった。
勝ちたかった。――何のために?
――誰かを救うために。
救いたかった。――どうして?
――そう決めたプライドがあったから。
プライド。――それが無価値でも?
――信念に無価値なものがあってたまるか。
ならばどうする。――どうやって敵に勝つ?
――答えるまでもねぇ。
それは誰からの問いかけだったか。
今はそんなこと、心底どうでもよかった。
俺は勝ちたい。
俺を終わらせようとする敵を倒すために。
誰かを救うという願いを叶えるために。
いずれ邂逅する、眼前の人影と戦う未来のために。
強欲と罵られても仕方のない様々な想いを織り交ぜて、俺は、俺を動かすモノに答えた。
――勝ち方なんざ、
人影の漆黒の凶器が、〝俺〟の視界を覆うように迫る。
奇しくもそれは、現実の敵が振り抜いた刃と寸分違わぬ軌跡を辿った。
次の呼吸すら許さない肉薄する死を凝視して、
俺は、
「|魂の同期(トランス)ッ!!!!」
絶叫に応えるように、暗い色に覆われた世界が弾け飛んだ。
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