第7話

 港の地下空間に作られたテロリストの拠点。そこにある一室に戻ってきた。

 どこかに足を運んだわけでもないため、戻ってきたという表現が的確なのか疑問ではあるが、裏次元から現実に遷移した際には、この表現を使うことにした。


「これで君は何者にでも成れる可能性を手に入れた。私から与えられるのは、ここまでだ。あとは君の努力しだいで、結果は如何様にも変化する。――などと言うのは無用か。君ならば、それくらいもう理解っているだろうな。ならばアドバイスをしておこう。アレス、君が望む姿になりたいと願うならば、大事なのは起源だ」

「起源……?」

「そうだ。願いには、それが生まれたきっかけが必ず存在する。願いを抱きながら叶えられない者達は、その願いを何故抱くようになったのか忘れてしまっているのだ。形骸化した願望は、信仰する非現実に変わり手元を離れる。手の届かなくなった願いを叶えられる道理はない。それはもはや、自らの所有物ではないからな。

 自分に叶えられるのは、自分の願いだけだ。その願いは、起源となった出来事、感情を忘れなければ、決して手元を離れることはないだろう。手元から離さず、常に願い続けていれば必ず成就する。私が保証しよう」


 ――願いの、起源。


 この胸に現在の願望が宿った理由。願望の根幹を取り巻く感情。

 たとえ忘れろと言われても、それだけは絶対に忘れることはない。


「いらねぇよ。願いってのは、この手で叶えるからこそ価値があるもんだろ」


 硬く握りしめた拳に、俺はもう一度誓った。

 今度こそ、俺を頼った人々を守り抜いてみせると。


《――リリア様、どちらにいらっしゃいますか?》


 唐突に第三者のくぐもった声が室内に響いた。辺りを見回すと、それは天井の片隅に設置された小型スピーカーから聞こえているらしかった。


「少し休ませてもらっているが、敵襲か?」

《たった今、敵の一部が警戒ラインを越えました。ご指示を》

「よし。ならばこの部屋のマイクを館内の全スピーカーに繋げ」

《了解です》


 落ち着いた事務的な女性の声が、リリアの命令を受けてブツッという微かな電子音と共に途絶えた。

 数秒後、再び回線が繋がる電子音が小さく聞こえた。


「あー、あー、総員に告ぐ。敵勢力が警戒ラインを越えたそうだ。戦闘員は各自準備を整えてエントランスホールに集合しろ。エントランスホールに到着したら、私の到着まで待機するように。以上っ!」


 そしてまた回線切断の音が耳朶を叩いて、リリアは腰を預けていたベッドから立ち上がった。


「我々も向かうとしよう。アレス、君の武器は拳銃のようだが、弾は足りているか?」

「予備がまだ二本残ってる」

「それで充分か?」

「充分さ。足りなくなったら敵の銃でも奪えばいい。奴らはご立派なライフルを支給されてるみてぇだからな」

「くっくっ、荒々しい男だ。実に|反政府組織(われわれ)らしくていい。――では、行こうか」


 不気味に喉を鳴らして、上機嫌な様子のリリアが個室の扉を開いた。

 彼女は追従する背後の俺に振り返り、一つ前の発言に付け足した。

 

「――君が倒すべき敵のもとへ」

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