第4話

 師匠と新入りが管制ルームを出て行った。私とヘカテは命令に従って戦闘準備を済ませて、メインルームの片隅にある会議机で次の指示まで待機していた。


「ねぇヘカテ、あの男のこと、どう思う?」


 対面に座る漆黒のドレスを着た金髪の少女は、私の何気ない質問に目を丸くした。表情の変化が乏しい彼女にしては、珍しい反応だった。


「驚きました。シルヴァが異性に興味を持つなんて。あのような少し悪そうな感じがタイプだったんですね」

「なっ――! そんなんじゃないわよっ! あんな弱い男、眼中にないわっ!!」

「ですが、〝能力〟しだいでは、シルヴァより強くなる可能性もありますよ?」

「それよ、それ」

「『それ』とはなんでしょう?」

「わかるでしょ? 師匠が〝能力〟を与えるのは組織内でも一部の人だけなのに、どうしていきなり認められてるのか疑問に思わない?」


 〝能力〟で得られる恩恵には個人差があるらしいけれども、身につければ強くなれることは確約されるうえ、その上限は未知数だ。仮に悪用されれば、|私達(ニーベルング)にとって恐ろしい脅威にもなり得る。

 師匠が彼に力を授けるといった時は、必死で口を噤んで抗議を我慢した。本心では、何故そんな愚かしい行為をするのか、師匠の真意を尋ねたくてしかたがなかった。


「総帥が信じられないのですか?」

「師匠は疑ってないわ。でもアレスは別でしょう? 彼を信用に足る人物と評価するには、判断材料が足りなさすぎる」

「彼を助けたのはシルヴァじゃありませんか。〝能力〟を得たわたし達は未来と繋がります。アレスさんから特別な運命を感じたから、シルヴァは彼の窮地を救ったのではないのですか?」

「そんな小難しい理由なんてないわ。単に間に合ったから助けただけ。偶然よ、偶然」


 それは嘘ではなかった。

 けれど、本当とも言えなかった。

 正確に言うならば、ヘカテの口にする根も葉もない〝予感〟を、港で風前の灯となっていた彼との間に感じた。漠然とした、説明することのできない不思議な感情を。

 〝能力〟――未来の自分と繋がる力で、とある未来の光景を視たことがあった。

 荒涼の大地。災厄に燃える街。氾濫する大海。大挙した敵に囲われた拠点。あらゆる絶望の未来を視たが、それらの絶望の中心には、必ず希望が混ざっていた。

 希望という名を背負った人物。何故か毎回その人物の顔は靄に隠れていて、正体の特定は未だに叶っていない。

 初めは師匠かとも思ったが、それは女性ではなく、男性であった。

 これまで謎のまま放置してきたけれど、屋根からアレスの姿を見つけた瞬間に、彼こそが影の正体ではないのかと、根拠もなくそう直感した。


 ――でも、気の迷いよね。


 射撃の腕は立つようだけど、とてもじゃないが〝英雄〟と呼べる域には達していない。


「ヘカテこそ、妙にアレスにこだわってるように見えるけど? 彼に特別な何かを感じてるんじゃないの?」

「そうですね。わたしは、アレスさんがとても重要な人物だと思ってますよ」

「へぇ~。なんでよ?」


 自分以上に他人に無関心な少女の抱く興味に、私は大いに関心を持った。


「秘密です」

「なによ、それ」

「自分の視た未来は他人に話すべきでないと、常日頃から総帥に注意されてますので」


 幼少期の面影を残す金髪ゴスロリ少女は、師匠の教えを盾に要求を拒絶した。

 師匠の言葉を持ち出されれば、もう追求はできない。別にヘカテをはめようとしたわけじゃないけど、彼女に師匠を裏切らせるような発言を求めたのは反省しなければならないと思った。

 ただ一つ、

 新参者について語る少女の瞳は煌々としていて、語る言葉は滾る熱を帯びていて、おとなしい性格の彼女にそこまでさせる男に対して、自分の興味がより一層加速していくのを自覚した。

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