第2話
港に林立する倉庫の一つに案内された。静まった港を自宅の庭のように歩く長身の女性は、倉庫の裏手に回るなり、扉の錠前を外して俺を中に招き入れた。
倉庫の中は薄暗闇に包まれていた。天井付近の細い窓から差し込む電灯の明かりがなければ、いくら暗順応した視覚でもまっすぐ歩けそうにない。
倉庫には所々に積み重なった段ボールやコンテナの山があるだけで、特別な何かがあるようには感じられななかった。
「この倉庫、お前が所有してんのか?」
「いいや。これ自体は、私のものではないね」
「なら、なんで鍵を持ってんだよ」
俺の疑問に、彼女は人差し指でコンクリートの床を示した。
「用があるのはこの下だ。この倉庫は、単なる入口に過ぎない」
「地下ぁ? この街に住んで一年になるが、港に地下空間があるなんて話は聞いたことねぇぜ? そもそも入口なんてどこにも見当たらねぇじゃねぇか。なーにが『入口』だよ」
「せっかちだな、君は。もう少し落ち着いたほうが、世渡りが楽になるだろう」
「チッ、余計なお世話だ」
いくら命の恩人とはいえ、出会ったばかりの奴に説教されるのは良い気分じゃなかった。
「別に直せと言ってるわけじゃない。それも君のアイデンティティなら、無理に矯正しなくたっていいだろう。さて、確かこの辺りだったはずだが――――あった」
膝を屈めて手探りで足元の床を調べていた彼女が、地面に僅かな窪みを見つけるなり、窪みに手を入れて〝床〟を持ち上げた。
一帯の薄暗闇が、持ち上げた足場から漏れる眩い光に照らされる。床を偽装していた正方形の蓋は、手が離れると勝手に固定された。
「……まるで漫画だな」
「同じ空想上の存在である|正義の味方(われわれ)には、相応しい場所だろう?」
隠し扉の先には、階段が地下に続いていた。
急峻な段差を降り始めた彼女の後を追う。
そこは冗談めいた空間であったが、数分前に見せられた〝悪夢〟と〝奇跡〟に比べれば、充分に常識の範疇に収まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます