奴隷を買ったら追放されたので、一緒に夢を叶えることにした【読み切り版】

加藤ゆたか

奴隷を買ったら追放されたので、一緒に夢を叶えることにした

「お前を追放する、アロウ。」

「待ってくれ! これにはわけがあるんだ!」

「聞く耳など持たん。俺はお前を軽蔑する。」

「頼む、ダリオ! 話を——」


 しかし、パーティリーダーのダリオは俺に無情に追放を告げると、他の仲間と共に立ち去った。

 一人取り残された俺はショックでしばらく立ち上がることができなかった。俺の傍らには一人の女が困惑した顔で立っている。彼女は俺が買った奴隷だった。

 なぜ、こうなったかというと……。


     ◇


 俺たちは世界を股にかける冒険者だった。俺とダリオの付き合いは長い。俺はダリオの夢を聞くのが好きだった。いつか世界一の冒険者になる。いつしかその夢は俺の夢にもなっていた。

 俺たちがたまたま訪れていたこの国は、依然として奴隷制が残った国だった。ダリオは嫌悪感を露わにして言った。


「同じ人間を奴隷にするなど、人道に反する行いだ。」


 それには俺も同意した。しかし、俺たちに一国を変える力などない。俺たちに出来るのは憤りを押さえるために酒を煽るくらいだった。


「お兄さんたち、私とパーティを組まない?」


 それは小柄ながら強い瞳を携えた女だった。女は自分を剣士だと名乗った。


「も、もちろんだ。」


 ダリオが顔を赤くして答えた。どうやら、ダリオの好みのタイプだったらしい。


「よろしくね、私はナオ。」

「よろしく、俺はダリオだ。こっちは親友のアロウ。」

「よろしく。」


 あの時、ダリオは確かに俺を親友だと言ってくれた。俺も、ダリオとナオがうまくいけばいいと思っていた。

 しかし、そうはならなかった。

 ナオは盗賊だったのだ。俺たちをはめるため、ナオは俺たちに近づいたのだ。

 幸いにも俺たちはナオの罠をくぐり抜け、ナオを捕まえると冒険者ギルドに突き出した。

 その後のナオがどうなったか俺たちは知らなかった。ただ、ダリオの悲痛な表情だけが忘れられなかった。


     ◇


「ナオ……?」


 俺がナオを見つけたのは偶然だった。

 そこは奴隷屋の店先だった。

 この国の奴隷は、獣人などの亜人、または犯罪者だと聞いた。つまり、ナオは犯罪者として奴隷に堕ちていたのだ。


「アロウ!」


 ナオは俺を見つけると俺の名を呼んだ。俺はそれを無視して顔を背け、その場を去ろうと思った。こいつは俺たちを陥れようとした女だ。どうなろうと知ったことか。


「アロウ! アロウ! お願い、私を買って!」


 しかし、ナオは俺の名を呼び続けた。

 あまりにも必死に叫ぶナオの声を、俺は振り払うことができなかった。


「……ナオ。俺はお前を買わない。奴隷を買うなんて人間のすることじゃない。」

「お願い、アロウ! 私、このまま誰にも買われなかったら殺されてしまうの。私を助けて、アロウ!」

「何だって?」


 俺はナオの言うことが信じられず、隣の奴隷商人を見た。奴隷商人は冷酷な顔で頷いて言った。


「ああ。こいつは器量は悪くないが、なにせ元冒険者で犯罪者だ。普通の市民が持つには荷が重い。だから買い手がつかん。うちだって商売なんでね。不良在庫をいつまでも抱えてはおけんよ。」

「そんな……。」

「ねえ、アロウ、お願い……。私、まだ死にたくない。」


 俺たちはナオに騙された。だからナオが罪を償うのは当然だと思う。しかし、死ななければならないほどの罪か? ナオが殺されると知って見捨てることができるだろうか?


「ダ、ダリオに相談して——」

「ダメ! アロウ、今決めて!」

「はあ!?」

「ああ、もうすぐ国の役人が来る。そしたらこいつを回収してもらうことになっているんだ。買うなら今しかないよ。」

「な、なんで……。」


 なんで俺はこんなタイミングでナオに会ってしまったんだ……。今、ここで俺がナオを買わなければナオは処分されるというのか。

 ダリオには絶対に相談したかった。ダリオはナオのことを恨んでいるかもしれない。ダリオは奴隷制を嫌悪していたし、ダリオがナオを買わないと決断したなら俺はナオを諦めることができるのに……。


「……わかった、買おう……。」

「アロウ!」

「へっへっへ、毎度あり。」


 ダリオならきっとわけを話せばわかってくれる。奴隷と言ったって俺たちがナオを奴隷として扱わなければ今までどおりだ。きっとなんとかなる。

 俺の手には魔法で奴隷の主人の証が刻まれた。

 きっとなんとかなる。

 なんとかなると思っていたのに……。


     ◇


 ダリオはナオの姿と俺の手に刻まれた奴隷の主人の証を見て、すぐに俺たちの関係を察したらしい。

 俺の釈明も聞かず、ナオを奴隷にした俺をダリオは罵った。


「お前を追放する、アロウ。」

「待ってくれ! これにはわけがあるんだ!」

「聞く耳など持たん。俺はお前を軽蔑する。」

「頼む、ダリオ! 話を——」


 ダリオは俺の言い訳など聞いてはくれなかった。

 俺の元には俺の奴隷になったナオだけが残った。


「ごめんなさい、アロウ。私のために。」

「……消えろ、ナオ。もうお前の顔も見たくない。俺はお前を奴隷にするつもりはない。お前は俺の知らないところで勝手に生きればいい。」

「……そういうわけにはいかないわ。私はあなたの奴隷なのよ。」


 なんだよ、それ! 俺の人生をめちゃくちゃにしやがって!


「……奴隷の契約はどうすれば取り消せるんだ?」

「私が死ぬか、私を他の誰かに売るか、私が自分を買って奴隷から解放されれば……。」


 ナオを死なすなんて出来るわけがない。俺はナオを助けるためにこうなったんだ……。ナオを他の誰かに売るなんてことも考えられなかった。それは俺が奴隷制に何も感じていないこの国の人間と同じところまで堕ちるということだからだ。とすれば、選択肢はひとつ……。

 

「……だったら、お前を奴隷から解放する。いくらだ? 手切れ金だと思えば多少は……。」

「奴隷が自分を買うために使えるのは主人から得た対価だけ。価格表はその証を見ればわかるわ。」


 ナオは俺の手を指差した。

 俺が証に念じると、ナオの価格表が浮かび上がる。


「ナオが自分を買うためにかかる金額……六千万だと? こんな金、どうやって……?」


 俺は価格表を上から下まで目を通した。洗濯二千、掃除三千、料理五百。こんな金額でナオを働かせたところで六千万なんて無理な話だ。それに……。


「性奉仕……百万……。なんだ、このふざけた金額は。」

「……やっぱりアロウも男なのね。」


 ナオが急に態度を変えて俺に言った。


「おい、勘違いするなよ。誰がお前なんか抱くか。こんな金額じゃなくともこっちから願い下げだ。」

「へーえ……。」


 ナオの冷たい視線が俺に刺さる。くそムカツク女だ。

 やっぱり買うんじゃなかった。助けるんじゃなかった。


「……アロウ、ひとつだけ方法があるのよ。」

「本当か? それはなんだ?」

「ほら、ここ見て。私と冒険者としてパーティを組むの。パーティに入った時の奴隷の対価は時給で他の項目よりも高いわ。それに、クエストの報酬は配分になる。」

「……だが、それでも六千万なんて何十年もかかるぞ……。」

「クエスト次第よ。知ってる? 今、国王はダンジョン攻略者に懸賞金を出してるの。」

「あの、どんな願いも一つだけ叶えるというあれか……。」


 それは俺とダリオがこの国に来た目的のひとつだった。だが、俺一人でそれを達成するのは絶望的だ。


「やりましょう、アロウ。私はこんなことで躓いていられないのよ。」

「ナオ?」


 ナオは真っ直ぐに俺を見ていた。その瞳には力がある。

 うっかり俺は、ナオが俺たちを騙した盗賊だったことを忘れそうになった。

 いや、ナオは俺から自由になりたいから俺を乗せようとして言っているだけだ。騙されるものか。信じられるものか……。


     ◇


 一度パーティを組んでいたからわかっていたが、ナオの冒険者としての腕はなかなかのものだった。

 二人だけのパーティ。最初は不安だったが、俺の剣でカバーできない部分をナオは巧みに短剣で補う。


「そっち! 逃がさないで、アロウ!」

「ああ!」


 俺は逃げようとしたメイジゴブリンを切り倒す。

 メイジゴブリンは霧になって消えて、ドロップアイテムだけが残った。


「これでクエストはクリアね。」

「楽勝だな。」

「ええ、私たちなら当然よ!」


 ナオが俺に拳を突き出し、俺も自分の拳をナオに合わせた。

 これではまるで、いいコンビみたいだな。しかし、俺たちはあくまで奴隷の主人とその奴隷という関係にすぎない。



 俺たちの冒険者ランキングはかなり上位に上がっていた。もちろんダリオたちの目にも入っているだろう。あれから姿を見かけることもないから、もしかしたらすでに国外に旅立っているかもしれないが。だが、今の俺にとってはもうダリオはどうでもよかった。

 クエストの報酬を受け取ったナオが俺に言う。


「ねえ、アロウ。この後また……。」

「孤児院か。いいぞ。」


 ナオが盗賊をしてまで金を稼ぎたかった理由。それは自分の出身の孤児院の運営を助けるためだった。ナオは主人である俺の許可がなければ自由に行動することもできない。

 だから俺がナオの本当の目的を知るのは必然だった。今では俺もナオと一緒に孤児院を訪ねている。



「ナオ姉ちゃん! 待ってたよ!」


 ナオは孤児院の子供たちに懐かれていた。ナオはクエストの報酬で買ってきたお菓子を子供たちに配る。子供たちに囲まれている時、ナオは幸せそうに笑う。

 俺はいつしかナオの夢が孤児院を経営することだと知った。


「アロウ兄ちゃん。ナオ姉ちゃんと結婚しないの?」

「は!? 何を言うんだ、お前!」

「えー、だって、二人すごい仲いいんだもん!」


 子供の無邪気な戯れ言だ。

 だが、俺と目が合ったナオは頬を赤くしてさっと目を逸らした。



 孤児院からの帰り道。ナオが言った。


「子供ってほんと勝手なこと言うわね。」

「そうだな。」

「私たちそんな関係じゃないし。」

「ああ。」

「私が奴隷だってことも知らないし。」

「ああ……。」


 ナオを奴隷から解放する計画はうまくいっていなかった。ダンジョンの攻略は俺たちの手に余る。そりゃそうか。簡単にできるなら国王が懸賞金などかけやしない。きっと十年どころじゃない。下手したら一生かかるかもしれなかった。


「ごめんね、アロウ。付き合わせちゃって。こんなつもりじゃなかったのに。」

「ナオ、今の俺は別にナオといるのは嫌じゃないんだ。なんなら、ナオの夢を手伝わせて欲しいと思ってる。」


 俺はナオの背中に言った。精一杯の俺の本心だった。


「……ねえ、アロウ。最近、私の価格表見てる?」

「いや、あれを見たのは最初の時だけだ。」

「ふふふ。何よそれ。」


 ナオは俺に振り返ると微笑む。


「見てみて。」

「はぁ?」


 俺は訝しく思いながらもナオに言われたとおりに証に念じる。洗濯二千、掃除三千、料理五百……。何だって言うんだ?

 あ、これは……。


「……性奉仕、五万。」

「ははは、五万? 笑えるわね?」


 ナオは涙を流すくらい大笑いした。


「価格表の性奉仕ってね、奴隷から主人への親愛度で変わるのよ。最初、私はあなたのこと警戒してたの。だって、奴隷は主人には逆らえないから。本当はね、価格表なんて無視できるのよ。主人は命令すれば奴隷をいくらでも手籠めにできるの。」

「なんだ、それ……。」

「アロウ、あなた考えたことも無かったでしょ? 本当にお人好し。」

「ナオ、お前な——」


 俺はナオにバカにされた気がしたが、まったく悪い気はしなかった。だって今の俺はナオのことをよくわかっている。それが冗談だと知っている。


「ねえ、アロウ。私まだ五万だけど、買ってくれる?」


 そのナオの言葉だけでナオの気持ちは充分に俺に伝わっていた。

 俺とナオは奴隷の主人と奴隷の関係。でもそんなのは表面的なものだった。俺たちはもう深い絆で結ばれている。


「もちろんだ、ナオ。」


 俺はナオを抱きしめてキスをした。

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