第29話
最初の一機は奇襲によって撃墜できたが、タイプⅡも戦闘AIである。回避能力はエースパイロット級だ。一対一では相当な凄腕パイロットでなければ太刀打ちできない。
そんな条件を満たせるようなパイロットは、首都に侵攻する敵本隊の迎撃に奔走している。アスタリア軍の航空部隊がタイプⅡを殲滅するには、個人技ではなく組織力で数的有利な立場を活かすしかなかった。
無論、援軍として現れたパイロット達もそれは承知しているらしく、基本的はタイプⅡ一機に対して二機で追尾していた。
一対一でやり合わざるを得ないパイロットは、タイプⅡの注意を惹きつけ回避に徹している。
上空の目まぐるしい空中戦闘を目で追うシュウとハルカの後ろに、トンネルから出てきたシグムントが立った。
「私にできるのは――いや、我々にできるのはこれだけだ。ハルカ一等兵、あとは君の手に運命を委ねる」
「ああ。後悔させるような結末にはしねぇよ」
「命を落とした兵士も多くいる。どうか彼らのためにも勝利を納めてほしい」
「ひとつとして無駄な命はなかった。そう証明してやる」
「我が軍にはもう増援はない。トンネルに残っているのは負傷者だけだ。橋で戦っている同胞と上空にいる同胞が、戦力の全てだ」
「まだお前自身が残ってるだろ」
ハルカに指名されて、シグムントは低く唸った。
その表情に恐怖はない。ただ、別の類の躊躇いが微かに滲んでいた。
閉口したシグムントをハルカは鼻で笑った。
「なに迷ってやがる。もっと胸を張れ。お前の判断は正しい」
「……私も君と共に戦いたいが、まだそのときではないのだな」
「万が一こんな所でお前に死なれると困るからな。お前はオレを買った。オレはお前に見返りとして、戦闘AIが全滅する日を拝ませてやらないといけねぇ」
「戦争を終わらせる、か。それも戦闘AIへの敗北ではなく、我々の――人間の勝利という形で。いまの戦況を鑑みると、まさに夢物語だ」
「夢かどうか、まずはその可能性を見せてやる」
話は終わりといわんばかりに背中を向けて、ハルカは右手に神話の長槍を顕現させた。
穂先に刻まれた見慣れない文字は、彼女いわくルーン文字というそうだ。プラネトリアはルーン文字によって惑星の力を引き出すらしい。
「いくぜ、シュウ。お前の力も必要だ」
「え……」
ハルカの口からは出るはずがないと思っていた言葉を唐突に浴びて、シュウの身体と心の動きが止まった。
「間抜けな顔してんじゃねぇッ!」
蹴り飛ばされた。
トンネル入口手前の地面に転んだシュウはすぐさま立ち上がり、不意打ちしたハルカに怒声をあげた。
「な、なにするんだよいきなりッ!」
「てめぇが自信のねぇ反応するのがわりぃんだよッ! ここがどこかわかってんのかッ!」
「わかってるよっ! 僕は戦うっ! 姉ちゃんが生きてたらそうしたようにっ!」
「勝てるのか、てめぇごときが。教会のときみてぇに誰かに助けられなきゃ簡単に死んじまうんじゃねぇか?」
「もう失敗なんかしないっ! むしろ、僕がハルカを守ってあげるよ」
「いったな……?」
激昂していたハルカが急に嘲るような怪しい笑みを浮かべた。
想定外の反応に、熱を帯びていたシュウの思考も急激に冷めた。
「上等だ。その言葉を忘れるな。武器は持ってるな?」
「あ、うん」
「弾は充分か?」
「予備弾倉が四つ。装填してる弾倉と合わせて二十五発だけど」
「そんだけありゃあいい。オレ達がいけば、すぐに蹴りがつくしな」
「だったらすぐに橋に行けばよかったんじゃ」
「そう何度も使える力じゃねぇからな。限界まで戦闘AIを引きつけたかったのさ」
シュウはシーブリッジの様子を眺めた。
防衛線は島側から一キロの辺りまで後退していた。
敵との境界線から対岸へ続く橋上には、長蛇の渋滞のようにタイプⅠとタイプⅣが高密度で敷き詰められている。シュウの目に見える量だけでも百はくだらない。
「本当にあれを一掃できるの?」
「お前がさっきの言葉を守ることができればな」
「どういうこと? なんで僕が関係あるんだよ」
「説明してる暇はねぇ。もう防衛は限界だ。さっさといくぞ!」
シュウの疑問を無視して、ハルカはシーブリッジの端に向けて駆け出した。
「――まったく、ほんとに強引だなッ!」
やけくそ気味な台詞を吐いて、シュウは先行するハルカの後を追った。
最後の増援として戦場に赴くふたりの背中を見送り、第六大隊の長は安全なトンネルの内部へと引き返していった。
紅い空に幾筋もの白い軌跡を描き、両軍の戦闘機が交差する。地上からではどちらが友軍でどちらがタイプⅡか判別が難しかった。
二機で一機を追っているほうがアスタリア軍とするならば、一機、また一機とミサイルを被弾して爆散したのはタイプⅡだろう。シーブリッジへ駆けつつ見上げた空で、制空権を取り戻そうと奮闘する味方の活躍が、シュウの魂を鼓舞する。
だが、戦闘AIも黙ってやられてくれるほど甘くない。シーブリッジ上空から離れた空で、一機の戦闘機が爆ぜた。一対一の戦いに敗れたその戦闘機は、悔しいが味方の乗っていたものだ。
反撃とばかりに敵は続けて二機の味方を撃破して、次の獲物を求めてシーブリッジ上空のタイプⅡを襲撃する。
十二対七。アスタリア軍が数的有利な状況に変わりはないが、戦闘AIは人間では不可能な速度で学習して成長する。長期戦闘は避けるべきだが、数百メートル上空での戦闘に対してシュウは何も干渉できない。足を止めず自分の敵へ向かいながら、援軍に来た航空部隊の勝利を祈るしかなかった。
「止まれ」
先行するハルカが立ち止まり、長槍を地面と水平にしてシュウに命令した。
指示に従い足を止めて、シュウは胸に抱えたスナイパーライフルの銃身を少しあげた。
ふたりが立っているのは、シーブリッジの付け根からわずかに橋へ進入した辺りだ。
視界の両端で夕焼けを浴びた海が紅く煌いている。それは神秘的でもあり、地獄の業火のようでもあった。
正面には移動に使用した車両をバリケードにして戦う味方の姿が見えた。
敢然と銃を敵に向ける味方の群れから、一人の男が苦悶を浮かべて歩み出てきた。男はシュウとハルカにいち早く気づくと、左足を引き摺って近づいてきた。男は右膝付近に銃創を負っている。
「軍曹っ!」
シュウはそれが自分の最も恐れている人物であることも忘れ、彼に呼びかけると同時に地面を蹴った。
「騒ぐなッ! シュウ=カジ五等兵ッ!」
傷を負っているにも関わらず、ルドルフは平常時と変わらぬ怒声で部下を叱責した。
思わずシュウの駆け寄る足が動きを止めた。
「で、ですけど傷が……」
「あえて受けてやったんだ。アドレナリンが足りなかったのでな。おかげで最高に腸が煮えたぎってるぞ。機械野郎のケツに鉛玉をぶち込みたくてしょうがない」
「戦闘AIにケツがあるようには見えませんが……」
「穴なんざ無けりゃあ作ればいいんだッ! 訓練生時代にそう教えたはずだッ!」
ルドルフがいうような記憶は、シュウには覚えがなかった。彼はネジが何本も外れているようで、まともに会話にならない。ルドルフと戦場を共にするのは初めてだが、毎回こんな感じかもしれないと思うと、ルドルフへの苦手意識は益々強くなった。
ルドルフは至極めんどくさそうに右足の軍服の裾をめくり、右膝の銃創に止血処理を施して素早く包帯を巻いた。
休む間もなくライフルの弾倉を外して予備弾倉に切り替えると、ルドルフは防衛線の様子を観察していたハルカを見た。
「まだまだ戦いたかったんだが、貴様が来たということは、この作戦も終わりか」
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