第27話
敵軍だったとはいえ、つい数秒前まで喋っていた男が死亡した現実に、シュウは金縛りに遭ったように身体が動かなくなった。思考も真っ白で、未だ目の前の出来事を受け入れらない。
「とっくにバレてたってわけか。強烈な制裁だな」
先頭に立つハルカが背後の三人に振り向いた。
「オレは橋に戻る。お前達も乗っていくか? 戦いにきたんだろ? ここにいても戦えねぇぜ?」
語りかけられていたが、誰も反応を返さなかった。
シュウの耳に彼女の声は届いていなかった。正確にいうと、届いてはいるがノイズのように聞こえていて、言葉として認識できていなかった。
呆然と立ち尽くすシュウの顔に影が差した。視界が半分覆われて意識を取り戻した彼の耳に、突然甲高い破裂音が響いた。直後、頬に痺れるような痛みが走り、身体がバランスを崩して尻餅をついた。
意識が鮮明となった。じんわりとした痛みが残る頬を押さえながら、何が起きたのかと左右に首を振る。
右側に目を向けたとき、炸裂音が再び聞こえた。見上げると、カナデが赤くなった頬を押さえていた。それでようやく、シュウは自分がハルカに叩かれたのだと把握した。
土に手をついて立ち上がった。ハルカの姿を探すと、彼女はまさにいま、レオナルドを叩こうとしているところだった。
ハルカの掌は、振り上げられた状態で止まっていた。
振り下ろす先にいるレオナルドは、叩かれる前に毅然とした眼差しを取り戻していた。
「私は問題ありません。橋に戻るのはいいですが、他の車はどうするのですか? 一台でいくと、私とシュウが乗ってきたものと、カナデ四等兵のものがここに残ることになります」
「放っておきゃあいい。破棄したくなけりゃあ後で持ちに来ることもできるだろ。生きていればな。死んだらそもそも要らん」
行き場を失った掌を下ろして、ハルカはシュウ達の前を堂々と横切り、デイジー畑の外に歩いていこうとした。
「ま、待ってくださいっ! このデイジー畑はどうするのですかっ!」
カナデが咄嗟にかけた声に、去ろうとしたハルカは足を止め、身体を半分だけ後ろに向けた。
「別に強制してるつもりはねぇ。残りたけりゃあ残ればいい。お前がどこで何をしようが、オレには関係ねぇからな」
「この場所がどうなっても良いのですか! お姉さまが大切に思っておられたこの場所がっ!」
「オレは同じことを何度もいわせる奴が嫌いだが、もう一度だけいってやる。オレはお前の『お姉さま』じゃねぇ」
抗議にハルカへの嫌悪が滲んでいたが、即答された声を聞くと、カナデは口を噤んで彼女から目を逸らした。
ハルカは煩わしそうに髪を掻き乱し、カナデの横顔を見据えた。
「もうひとついっておくが、お前がデイジー畑に残れば戦闘AIはここにやってくる。奴らは人間の生命反応を追うようプログラムが組まれているようだからな」
「わたくしがいると、この場所が狙われる危険が増すというのですか」
「訊くな。それくらいわかんだろ。自分で考えて、どうするか決めろ」
苛立ちをはらんだ声色でいって、ハルカは今度こそデイジー畑の出口に向かった。
視界の端からレオナルドが現れて、シュウに視線を送った。
「私はハルカ一等兵と一緒にいきます。シーブリッジ防衛が任務なら、私は従わなければなりません。勝手な行動をしましたが、それでもまだ、一応、恐らく、メイビー、この国の軍人ですので」
返答を待たず、レオナルドはハルカを追って駆けていった。
取り残されたふたりのうち、先に声をかけたのはシュウだった。
「カナデ、言い方は気に食わないかもしれないけど、ハルカがいってることは正しいよ。ここにいても守れないし、むしろ危険に晒される可能性が高まる」
「わかっております」
何かを否定するように、あるいは振り払うように、カナデは首を振った。
「期待してしまっただけです。お姉さまと同じ姿のあの方が、デイジー畑を守ってくれるかもしれないと。ですが、彼女はお姉さまではありませんし、もっと大きな目的のために動いているわけですから、当然の反応です」
「じゃあ……大丈夫?」
心配そうなシュウの視線に、カナデは静かに頷きを返した。
「問題ありません。急ぎましょう。タイプⅡの襲来が予期されていないものだとしたら、第六大隊が全滅してしまう恐れがあります」
次はシュウが首肯して、ふたりはハルカとレオナルドのもとへ駆けていった。
ハルカはともかくとしても、自分達が戻ったところで戦況は変わらないだろう。
それでも姉ならば、迷わず味方の加勢に向かうはずだ。彼女に恥じない生き方をするため、シュウは止まりそうになる足を必死で動かした。
デイジー畑の正規の出入口に、エンジンのかかっている軍用車両があった。ハルカが運転席、レオナルドが助手席に座っている。
後部座席の両側からそれぞれシュウとカナデが乗り込むと、車は雄叫びをあげ、苛烈な戦闘が始まっているであろう目的地に向けて発進した。
夕焼けに紅く染まる海に沿った道路から、橋の上の様子を確認することができた。
きな臭さが潮風に混じって漂い、絶え間ない爆発音と銃声が連打する。時折周囲の雑音を掻き消す強烈な音は、戦車の砲弾か、戦闘機のミサイルか。
橋の上空には散開した戦闘機が飛び交っていた。戦闘機は様々な角度から橋上で戦う兵士を奇襲する。ミサイルだけでなく、機銃の光もシュウ達の目に届いていた。
そこは、紛れもなく戦場だった。
戦況は拮抗しているのではなく、一方的な蹂躙にしか見えなかった。橋の向こう岸から攻めてくる地上部隊すら抑えられないのに、空から繰り返し奇襲されては一縷の望みすら許されない。迎撃しようにも、地上から狙うにはタイプⅡは機動力は高すぎる。
敵地上部隊の侵攻をどの辺りから阻み始めたか知らないが、海岸沿いの道路からでも敵と味方の境目を鮮明に確認できた。
レングラード側の端から約二キロの地点で、高速で点滅する光のように銃声が交差していた。
シーブリッジに繋がるトンネル内でハルカは車を停めた。
エンジンを切って足早に降りると、ハルカはすぐ隣に停車していた軍用トラックの荷台にのぼり、二挺の銃を手に取って戻ってきた。
遅れて降りたシュウとレオナルドに、彼女はそれぞれの武器を投げ渡した。
「それを使え。お前達はさっきの花畑に武器を置いてきたんだろ。弾は自分で必要な分だけ補充しろ」
受け取ったのは、ふたりの愛用するものと同じ型の武器だった。レオナルドはAK74-AD4。シュウはL96-AD3。カナデは自分の銃が両手にある。
三人は周囲の状況に改めて視線を巡らせた。
至るところに第六大隊の兵士が倒れていた。それは負傷者だけではない。どう希望的に考えても再び動くとは思えない者も多数混じっていた。
「ぼうっとすんじゃねぇ! いちいち催促させんな。医療班として働きてぇなら好きにしろ。戦うならいくぞ!」
ハルカの怒鳴り声に尻を叩かれる。三人は返事を声に出す余裕はなかったが、出口に向かい走る彼女を追いかけた。
出口付近には軽傷の兵士が多くいた。橋から一旦退いた中隊らしい。兵士達は身体に負った傷の手当てもせず、武器の弾薬補充に専念している。武器の整備が完了したら、きっと捨て身の覚悟で橋へ再突入するのだろう。
「ハルカ一等兵、どちらにおられたのだ」
左耳に届いた声に振り向くと、シグムントが天井の薄い光に照らされて立っていた。
その声は非難する響きを伴っていたが、シグムントは感情の失せた表情をしていた。
「ご覧のように、我が軍に甚大な被害が出ている。橋の防衛もそう長くは持たん。地上部隊への対策は考えていたが、空からの攻撃には無力だ」
シグムントの瞳には橋上で続く戦闘の様子が映っていた。シーブリッジよりもやや高い位置にあるトンネル出口からは、戦況が明瞭に見ることができた。
「あの橋の上に並んだ車両は……?」
橋の上には、不規則な間隔で車両が障害物のように配置されていた。
シュウの口から漏れた疑問に、すかさずシグムントが答える。
「地上から侵攻するタイプⅠとタイプⅣを足止めするため、シーブリッジまでの移動に使用した装甲車や中型トラックなどの車両を壁となるよう停車させたのだ。もちろんタイプⅣの砲撃を受ければ吹き飛ぶし、小型のタイプⅠは障害物を避けての接近が可能だろう。だが壁を設ければ遠距離から狙われる心配はなくなる。加えて敵の進入範囲を狭めれば、少量の火力で充分な弾幕を張ることが可能だ。足止め以上の効果は期待できない策だが、お膳立てとしては申し分ないはず、だった」
「せっかくの作戦も、予期せぬタイプⅡの登場に破られたわけか」
「――ミサイル、来ますッ!」
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